つまりはここからが本格的な直登ルートになる。
今年に入ってからケガやらモチベーションの問題でトレーニングなんてほとんどサボっていたから、この時点でも既に疲れは溜まっている。
写真で見たら更にV字谷が分かれているのが判ります。
道は左へ逸れて鉱石沢の方へ巻きますが、途中で沢のガレ場を渡って中州へ入ります。
中州の原生林を抜けると次のチェックポイントが待っています。
雨の日は滑りやすいので鎖やロープも用意されています。
この辺は2か所くらい「鎖があって助かった。」と実感できる箇所があります。
後方の河童君の動きが気になってきました。
僕が重太郎橋で約10分休憩していた事を考えても、彼は相当なスピードで登ってきています。
10分の差だったら、さすがに誰かがついて来ているのは気配や音で判ります。
僕が「えっ?そんなすぐ後ろにいたの?」って本能的に疑問を感じたくらいなので、きっととてつもないペースで追いつかれたんだと思います。
そうなると水浴びが終わったら、またとんでもないペースで追いつかれてしまう。
僕は追われるのは苦手です。
子供の時から何をやるにしても『スピード至上主義』で、速さこそ正義!強さこそ正義!っていうのが根付いてしまっている。
他人に抜かれるって事が本能的に許せない性分なので、頭の中では「今の自分には以前のようなスピードも体力も無いんだから、無理せず自分の体調をマネジメントする事を優先するんだ!」って理解していても、追いつかれたり抜かれたりすると本能的に怒りとか苛立ちが湧いてきて、身体がペースを上げようとしてしまう。
自転車に乗っていても車に乗っていても同じ。
僕の中の概念として『圧倒的なスピードで勝つ!』『負けは恥!』というインプットが、お恥ずかしながら・・・この年齢になってもまだ抜けていないので、こういうシーンにおいては非常に面倒臭い。
自分のペースで歩けばいいはずの登山において尚、僕は追われるストレスと闘わなければならないのだから。
後ろを振り向いて、こんな道なき道で誰かに後ろから追われてるなんて、考えただけでストレスになります。
物心ついた頃から僕はず~っとそんな人間でした。
「あいつはここらで一番ケンカが強い。」とか「足の速さであいつに勝てる奴はいない。」とかって話を聞かされると、「だったら俺と勝負しろ!」ってすぐに熱くなるタイプだったので、小学生の頃担任の先生に「そんなに何でもかんでも人に負けるのが嫌いだとか、勝たないと気が済まないとか言っていたら、みんな怖がって近付かなくなってしまうよ。それでもいいの?」って諭されてから、随分と我慢は出来るようになりましたし、中学2年生の頃まで4年ほど座禅教室にも通って、そのお寺で自身の精神をコントロールする為の修行体験とかもしていましたが、それでも本質なんてそうそう変えれるものではないでしょ?
自転車だって誰にも負けたくないし、昨日の自分に勝ち続ける為に走っていた訳で、常に記録を更新しながら走る事だけが生き甲斐みたいになってしまって・・・
それが社会人になってしばらくトレーニングが出来なかっただけで、タイムが落ちてしまって・・・それが原因でモチベーションを崩した時が一番辛かったかな。
常に進化していないと気持ち悪いんですよね。
今でも老化なんてしたくないし、これ以上衰えるくらいなら死んだ方がマシだと思っています。
仕事も売上や業績、個人成績が更新できなかったらイライラします。
そんな性格なんで、自分でもコントロールするのに疲れる時があります。
そんな時にこういった高山植物が心を癒してくれます。
これはホタルブクロかな?
心乱れた時は花で癒されよう!
右手に白出大滝が見えてきました。
実際沢沿いの道に出てから一気に気温も下がりました。
疲れているからそんなに実感が湧かないだけで、確実に涼しくなって過ごしやすい。
この日の山の天気は曇りなので、標高2800mより上の景色はなかなか見えません。
ちなみに今僕が歩いている地点で既に標高2000mを超えています。
鉱石沢に出てきました。
これからあの沢のガレ場を斜めに登って中州へ移ります。
下山者の向こうに道が見えますが、まだ河童君は来ていません。
この先、下山する登山者とのすれ違いが増えてきます。
あの赤いリュックの方も下山です。
後で知った話ですが、白出沢ルートは(急斜面につき)マイナールートらしくて、ここを登る人は少数派なんだそうです。
その後はこんなハシゴや、木の根っこに手足をかけて登るような原生林の急斜面がしばらく続きます。
これは何て花だろう?
花の色から見てマツムシソウかな?とも思ったのですが・・・後で調べた結果、恐らくタテヤマアザミじゃないかと思われます。
なんだかツリガネニンジンの花みたいな形をしているけど・・・
ようやく荷継小屋跡(標高約2210m)に到着した。
時間は7:35と、予定時刻に5分遅れにまで迫った。
重太郎橋で10分休憩した事を考えればここの2分短縮は相当頑張ったと思う。
写真左の青いウインドブレーカーの人は僕より前を登っていた人。
丁度ここで追いついたところです。
指標の向こうには下山のカップルが座っています。
ここでまたV字谷は2つに分かれている。
左は荷継沢だが、僕が向かうのは右の沢(V字谷)である。
このルートはここからが最も地獄なんです。
実際に鉱石沢を過ぎた辺りから徐々に息切れが激しくなって、今も呼吸が乱れているのが自覚出来ます。
両膝に手を突いたらもう、しばらくは動きたくないって言うくらい倦怠感があります。
そんな時に後方から迫ってくる気配を感じました。
河童君です。
もう僕の30m後方まで追いついてきました。
「速いなぁ~。しかしあの服装(しかもびしょ濡れ)でマジで奥穂高方面へ登る気なのだろうか?」って思いながら、彼が抜き去るのを見送る。
さすがにペースが合わないので、近くを歩かれると余計に疲れてしまう。
ところが彼を先に行かせたのは僕の失策でした。
本来のルートは写真で言うところの荷継沢の指標の先・・・中州の森の手前に赤いリボンがあったのだけど、河童君はどうやら道を知らないらしく、何度もキョロキョロしながらルートよりも大きく右へ外れたお花畑の方に向かっていったのである。
そして僕も既に正確なルートを探し出す判断が出来なくなっていたみたいで、河童君について行くような形で最後の沢に向かう。
最後の登りは右の沢に入ったら、とにかく左寄りに登って行かなければ、整備された道が見つからない。
あくまで、ここで言う整備された道とは、ガレ場の浮石などを可能な限り動かないように固定して、いくらか歩きやすくした程度の道であり、誰にでも歩きやすい道という意味では決してないことをご理解頂きたい。
ただ整備されていないガレ場は、それ以上に歩きにくいし危険である。
足場がすぐに崩れるのでとにかく進まない。
自身が落石に注意する事も必要だが、同じく自身が落石を発生させない努力もしないとならない。
他の登山者もいるので当然の義務である。
これでも沢登りとかは経験があるので、崩れにくいところを見つけて歩くのはセンスが良い方だと思っている。
ただ・・・徐々に判断能力が曖昧になってきているというか、自分自身に違和感を覚え始めている。
河童君は写真より更に右側をキョロキョロしながら歩いている。
8分程歩いて振り返ると荷継小屋跡があんなに遠くに見える。
僕より先に荷継へ到着したおじさんはまだ休憩をしているようです。
ずっと数種類の蜂に付きまとわれて、ものすごく精神的ストレスになった事は言うまでもない。
このストレスは実に穂高岳山荘まで残り15mのところまで続く事になる。
「そりゃ高山植物も豊富だから蜂も住んでるわなぁ~。」と理解はできるが・・・
荷継から30分歩いたが、まだ本日の予定の中間ポイントである穂高岳山荘は見えない。
というか完全に雲の中である。
写真だと角度とか遠近感とか判りにくいだろうけど、これ・・・かなり見上げて写真を撮っています。
この辺からだと残りの標高差は700mくらいでしょうか。
直線距離にしたらものすごく近いはずなのに、ものすごく遠く感じます。
振り返ったら30分でまだこれだけしか進んでいません。
頭の中は「もういや!もういや!もういや!歩きたくない。」って言葉が大反響している。
出来る限り大きくて安定した岩を頼りに歩いています。
目標が見えないって事が尚更疲れます。
まだまだ景色が変わりません。
近いのに遠いってストレスです。
念のために言いますが、これも見上げるように撮影していますから、現実はもう少し傾斜は急です。
この先には更に大きい雪渓が見えています。
後で判った話ですが、ここは右へ行けば行くほどルートから外れます。
雪渓が見えて、無意識にそれを目標に歩いてしまったみたいです。
この辺りの崩れやすいガレ場を頑張って、左へ軌道修正していたら・・・きっとダメージは最小限に抑えれていたに違いない。
これがリアルな傾斜角。
ガレ場が崩れたら危険なのが伝わりますか?
1時間歩いてやっとこの位置です。
時々雲の切れ間から笠ヶ岳が見えるのですが、写真を撮ろうとすると・・・
意地悪な雲です。
まだ見えない目標に嫌気が差してきた。
2つ目の大きな雪渓が見えてきた。
しかし、この写真を撮った時に気付くべきだった。
実は左手の崖に〇印があったのだ!
ここで気付けなかったのは、僕が既に急性高山病に罹ってしまい判断力が低下していたからなんですけど、やはり雪渓に引き寄せられた部分も大きい。
ただ正面の●印は見えたので、そちらには向かう事が出来たのだけど・・・
「この印意味あるの?」
そう思えるくらい●印のある岩の周りのガレ場は歩きにくい。
結局自分の感覚を頼りに、右へ右へ(逆方向)とルートを辿ってしまう。
何か住んでいそうな雪の洞窟みたいになっています。
ここで2つ目のおむすび休憩。
とりあえず座れそうな大岩を見つけて身体を固定する。
平衡感覚がおかしくなって、座っていても足を踏ん張るところがないと不安になるのです。
それにしてもお腹が空いているはずなのに、おむすびがちっとも喉を通らない。
蜂が付きまとってうっとおしい!
気分が悪くなったので、おむすびを半分残して再び歩き始める。
時間はもうすぐ9:00になろうとしていた。
予定ではあと30~40分で山荘に到着しなければいけないのだけど・・・
一瞬だけジャンダルムが見えた。
しかしカメラを用意した途端、雲に隠れてしまった。
これは今登ってきた方向を撮っていますが、とうとう下からも雲が上ってきました。
さすがに一気に気温が下がったのでウインドブレーカーを羽織る事にしました。
この辺りの気温は10~12℃くらいだったと思いますが、雲に覆われた瞬間、限りなく0℃に近づいたと思います。
ところで写真の右手に『カギかっこ』のような印が見えますか?
あれは印のある岩の前後付近で左に曲がれという意味なんです。
この辺で足元の岩に『1.30』って書いていたけど、これはどう解釈知ればいい?
登りがあと1時間半なのか、ここから1時間半下ったら荷継って意味なのか?
「判断するのも怠いし、もうホンマにしんどいわ。」って思いつつも、上から下ってきた下山者に「すみません!山荘まであと時間的にどのくらいですか?」って聞いてみたんですよ。
ところが「えっ?まだまだ先やで!」って返されて・・・
「いや・・・俺、今残り何分くらいで着くかを聞いてんけど・・・まだまだ先ってなんやねん?嫌がらせか?」と、さすがにムッとしてしまった。
高山病になると本当に人と話すことが億劫になるのだけど、それでも僕は僕で必死にすれ違う人にあいさつをして、下山する先の道の情報も聞かれた事には丁寧に答えているので、こんな横柄な回答をされるとさすがに腹が立ってしまう。
ちなみに上の写真の向こうに見えるアイツがそうです!(笑)
「そうですねぇ~。ここから登りだと30分では厳しいかな?でも1時間あれば大丈夫ですよ!」
そう言われて今度は愕然とする。
「まだ1時間近くも登らなきゃならないのか?」って。
平らな部分の右側にプロペラのようなものが見える。
きっと穂高岳山荘の施設に違いない。
ここまで本当に何度挫けそうになったかわからない。
ヘリの飛ぶ音が聞こえて「誰か滑落したのかな?」とか思いつつも、「どうせなら俺も救助されたい。」とか、写真撮影の際に平衡感覚が狂っているので、ふらついてバランスを崩しそうになる事も多々あって、「このまま転がり落ちたら、この苦しさから解放されるかな?」等と考えるようになっており、今思えば僕の精神レベルは非常に危険な状態になっていたと思います。
そのくらいここのガレ場の登りは苦しかったです。
生まれてこの方味わった事も無いくらいにとても苦しかったです。
自分の弱い心と闘う事がここまで苦しいなんて。
ただひたすら「一度自分が登ると決めた事だから・・・。」「これで登れなかったら一生恥を背負い続けて行くことになる。」それを思い返しながら登り続け・・・
とにかく自分には登るしか選択肢がないので、あきらめずに進む。
もうすぐ11時になってしまうというのに・・・
プロペラの音と蜂の羽音が区別できないくらいに疲れ果てていましたが、やはり蜂は蜂でこんな場所まで僕を追いかけてきていました。
蜂のお陰で何度か錯乱しかけましたが・・・
標高2983mだっていうのに、人が多くて驚きました。
時間はこの時点で11:16と絶望的です。
新穂高から7時間も歩いた事になる。
六甲山系全山縦走を8時間以内で歩いていた僕が、たった11kmの登りを7時間。
体力が落ちて、体重も増えて、高山病に罹った事を加味しても随分と遅かった。
午後は荒れると聞いているので、15時までには西穂独標を越えていないと、落雷のリスクも増してくる。
それにこの時はゾンビのような足取りだったので、気分が悪いままこの先へ行ったら確実に死ぬと思ったし、来た道を下山する気力も湧かない。
中途半端に時間があるだけにどうしていいか判らない。
ただ言えるのは気分が悪くて、これ以上は判断能力が低下する一方だという事。
日帰りでのチャレンジだったけど、ここで1泊する事が正しい判断に違いない!
そう信じてチェックイン。
1泊2食付き9800円は高いか安いか?
そういう問題ではないが、部屋は相部屋で布団と枕は薄っぺらい。
とてもじゃないが快適ではない。
それでも僕の選択が間違いじゃなかった事は、生きて帰ってきた今だからこそ確信を持って言える。
チェックインして2階の部屋を案内される。
部屋名は『御岳』
なんて縁起の悪い。
僕には冬の御岳で遭難して凍死しそうになった思い出がある。
嫌いな山だ。
しかも指定された寝床は床ではなくハシゴで登った2段目。
力を振り絞って上り、荷物を置く。
布団を敷くのも気分が悪いので大仕事だ。
ようやく布団を敷いて、荷物を壁際に並べて横になった瞬間。
吐き気を催して起き上がる。
こんな客室で吐く訳にはいかない。
荷物の中にはビニール袋もあるが、食べ残しのおむすびが入っている。
そこに吐くなんて罰当たりな事は出来ない。
下手に動いたら一気に吐き出しそう。
必死に集中力を戻して耐える。
何とか胃液だけで抑える事ができたので、落ち着いたうちに1階の手洗いまで急ぐ。
そこで胃液を吐いてホッとした。
うがいをするにも水が貴重な場所なので、ロビーでペットボトルのドリンクを買う。
『塩と夏みかん』っていう、PONジュースと伯方の塩がコラボした商品。
これがまた美味しくて生き返るような気分だった。
実際に今思えばこれで回復が早まったんじゃないか?って思えたりする。
では続きは次回!
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