南沢から23分程ガレた道の急勾配を下ってきたら滝谷らしき沢が近付いてきた。
ここに来るまでにもトレイルランをしている3人組など、2組のグループに追い抜かれたのですが、皆さんよくこんなガレガレの急坂を転げるように下って行って怪我も無く走るものだと感心する。
振り向いて今下って来た道を撮影。
これ走って下るような道じゃないですよ。
滝谷出合の手前にちょっとした湿地帯があって、その奥にこんなレリーフが岩壁に打ち込まれていました。
藤木九三・・・北穂高岳の滝谷の絶壁を初めて登攀したという、日本のロッククライミングの神様的存在だ。
京都府福知山市出身で、朝日新聞社の神戸支局長をしていた事もあり、芦屋ロックガーデンの名付け親でもあるそうだ。
一説には甲子園球場のアルプススタンドを初めてアルプスと形容した名付け親とも云われている。
加藤文太郎といい、神戸市(六甲山)に関わりを持つ偉大な登山家が多い事に驚く。
滝谷は北穂高岳の山頂付近から下を見下ろすだけでも、ゾゾッと背筋が凍り付き、脚の震えが止まらなくなるほど深く恐ろしい絶壁の渓谷である。
今回天候に恵まれていたなら今まさに滝谷の大渓谷を右手に見ながら大キレットを渡り、北穂高岳山頂に辿り着いている頃だろう。
ちょうど現在僕がいる場所から北穂高岳山頂までは標高差が1350mあるのですが、つまりはグランドキャニオン並みの高低差を登る渓谷なのである。
『北アルプスドローン大縦走』というDVD(或いはBD)作品をご覧頂ければ、鳥も止まらぬ(近付かない)と云われる滝谷の迫力を、ドローンによる世界初の空撮映像で楽しめます。
左手滝谷方面を見るが・・・意外とくびれた沢になっていて視界が開けていない。
雨が降るとここの通行が恐ろしいと云われる理由でもある。
この地形は大雨の際に下手に沢を渡ると、鉄砲水に攫われる可能性があるかも知れない。
滝谷の沢は避難小屋が見えているからといって真っ直ぐは渡れません。
橋を渡している場所を探していたら4人でランチをしているグループを発見。
ルート上でレジャーシートを拡げていたもので、真横を通り抜ける際はお邪魔して申し訳ないくらいの気持ちで挨拶をしたのに無視されるという・・・。
なかなか非常識なグループでしたね。
ちなみに話は変わって、これが現在の滝谷の橋。
角材を平均台のように渡ります。
安定感はありましたが、信用できないって人は飛び移れる岩場を探すより仕方ありません。
僕自身は橋を渡るのに問題はなかったのですが、それよりも最悪な事にカーボンストックが折れました。
ストックの先が岩と岩の間に挟まったのですが、僕は特別こじった訳でも無く・・・
恐らく岩の尖ったところに絶妙にタイミング悪くヒットしたのでしょう。
まだまだストックには役に立ってもらわないといけないので、先の折れた状態で長さを限界まで伸ばして使用。
下山まで使えればそれでいい!
そして登山道・・・「相変わらずガレガレやなぁ~!」って、おいおい何だ迂回路って?
突如現れた落石が原因による倒木地帯!
道なき道を迂回します。
あのごっつい大岩が落ちてきたらしい。
直撃を受けたらペチャンコですわ!
今年は焼岳の噴火が近いのかこの界隈では地震が多発していました。
いつまた地震が起こるか判らないので、他人ごとではありません!
そして焼岳が噴火したら上高地は消滅・・・或いは大正池周辺の地形が大きく変わる可能性が高いです。
少なくとも怪我人や死者はそれなりに出るものと考えています。
なので僕もこの山域に入った時点で、いつそういう危機的状況に陥るか判らないという覚悟だけはして来ています。
倒木を飛び越えたり潜ったり・・・
赤いリボンが無かったら、どこを歩いて良いかも判りません!(笑)
そしてこんな崩落したような場所を登り返します。
滝谷の沢が向こうに見えています。
雨が降って来たのですが、例の無口な4人組はまだランチを楽しんでいる模様です。
こんな落石・・・頭に当たったらスイカみたいに割れるって。
この右は崖である。(笑)
まったく迷惑な落石ですな。
足の裏に優しい板張りの歩道!
「嬉しい~っ!」って思ったのも束の間、すぐガレ場に戻ってとんでもない急な下りを転がり落ちそうになりながら下った。
そしてやっと・・・やっとの思いで白出沢に到着しました!(13:04)
滝谷から1時間10分もかかってしまいました。
さすがにエネルギー不足と足の痛さが限界を超えているので、沢の向こうに見慣れた林道が見えた瞬間、安心して崩れ落ちそうなくらいの脱力感に襲われました。
しかしまだここから新穂高登山口までは、標準タイムで1時間40分程歩きます。
なだらかな林道ですが、足場は中途半端にガレガレでザレザレの、足の裏に優しくない路面です。
向こうで僕を抜いて行ったトレイルランナー3人組のうちの2人が着替えていました。
この後つかず離れずで3人で下山。
一人だと心細い心境に陥っていたので、少し嬉しかった。
見慣れた穂高岳山荘へ登る白出沢ルートへの分岐です。
人って見慣れた場所に出てくると、こんなにも嬉しくなるものなんですね!
今更撮らなくても良い写真を撮影してしまうなんて!
「よっしゃ~っ!新穂高登山口が見えたぞ~っ!」
新穂高登山口到着!(14:25)
白出沢分岐から1時間15分かかりました。(飛騨乗越からは休憩時間を差し引いて5時間50分で下山)
無事の下山を感謝し合掌!
そして振り向けば新穂高ロープウェイなのに、神戸の店に電話をして無事を知らせながら歩いていて・・・
いつの間にかビジターセンター(登山指導センター)まで下っていた。
ロープウェイの駅に気付かずに歩くなんて、一体どれほど疲れ切っていたのだろう?
下山の際にあまりにも歩いている人が少なかったので気になっていたのですが、この看板を見て納得!
それはそうとこの日は下山を決心した際に、飛騨乗越でその旨をスタッフに電話していたのだが、電波が悪くて何をしゃべっているのかほとんど聞こえなかったらしく、その上今の今まで電波が繋がらなかったので、神戸では僕が無事なのかどうかで相当心配していたらしい。
アキラ君などは僕が大キレットで滑落している事を祈っていたとかいなかったとか。(笑)
ところでもう両脚が棒のようになっていた僕は、ペンギンのような歩き方で、再びロープウェイの駅まで登り返す。
すると丁度良く高山行きの濃尾バスが発車する前だったので、それに乗って平湯温泉まで戻った。
結局下山後は自販機でドリンクを3本買って一気に飲み干したが、一切食べ物は食べていない。
食べていないまま、平湯温泉では立ち寄り湯を利用して、疲れを癒すどころか、温泉で暖まったら全身の疲れが一気に湧き出してきたような状態で車を運転し・・・
更に自分の燃料よりも、車のガソリンを給油する方が優先で・・・
やっと僕が食べ物を食べられたのは17時頃・・・関のSAだった。
それにしても東海北陸道はえげつなかった。
時速80km制限なのに、走行車線は皆120kmで、追い越し車線は130~160kmで走る車がほとんど。
それが郡上八幡手前でパトカーに追いついた瞬間、全ての車輌が急ブレーキ&車間の狭い走行車線に割り込んで良い子ちゃんに成りすますものだから、20台以上の車輌が団子になって・・・よく多重追突事故に発展しなかったものだと冷や冷やしました。
これだから本当は東海北陸道を走りたくないのですが・・・(とにかくせっかちで乱暴な運転をする車が多い道路で、煽り運転なんてザラです。)
とりあえずそんなこんなで神戸へ帰還した時は魂が抜けそうなくらい疲れ切っていました。
これは先の折れたカーボンストックです。
もう軽さで選ばずに、次回は収納サイズがコンパクトで、頑丈なアルミストックにしようと思っています。(笑)
そして実際に現地に登らないと買えない手ぬぐいのコレクションが新たに加わりました!
後日談・・・南岳小屋は10月22日まで営業となっていました。
僕はガセネタに踊らされていたのです。(笑)
というか、そもそも南岳小屋は槍ヶ岳山荘グループだったので、最初から山荘で調べておけば安心して歩けていたのです。(もう次回は慌てて混乱しないように気をつけよう!)
で、月曜日は完全に休養して火曜日から5日間のファスティング(断食)を実践。
8月に始めた頃と比べて・・・今回は2日連続で無補給な山行を行なった甲斐があったのか、5日間の断食もそこまで苦しくなかったというか・・・
でもなかなか痩せれないものです。
ファスティングや僕が今の体質になった原因などはまた改めて記事に書きます。
結局人は誰でもストレスとか抱えている訳で、SNSで幸せいっぱいの書き込みしか掲載しない人っていると思いますが、「お前そんな訳ねぇだろ!」とかって突っ込みはともかく、僕は正直に生きていたいので、ストレスが溜まったらまた山に行きます!
死ぬほど悩んだらまた山で楽しく死に場所探します!
死に場所を探してたら冷静に反省点に気付いたり、今後の作戦だったり・・・意外と生きる道が見つかったりするものなので、まあ結果オーライという感じでしょうか?(動機の不純さには敢えて突っ込まないで頂きたい。)
今回はひたすら苦行、苦行・・・また苦行でしたが。
とりあえずお疲れ様でした。(長い文章をお読み頂いて・・・)
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