2020年10月16日金曜日

結局自分の居場所は山にしかない・・・槍・穂高縦走チャレンジ・・・その④「負のスパイラル」



水俣乗越分岐で5分小休止を取った。


身体は疲れていないが、脚は既に棒になりつつある。

塩分の補給もままならず汗ばかりかいていたから、ジワジワとそのダメージが蓄積されてきた模様。


自分の意志とは関係なく脚がプルプルと小刻みに震えている。

痙攣が始まったということ。


頭がボ~ッとして前進する事しか頭にない。

本能的にヤバいと思うから少し休んだ・・・そんな感じでした。


その間に赤ヘルメットの紳士は見えなくなってしまった。

でも彼は僕以上にペースコントロールができていないのが明白だったので、いずれ追いつくだろうと確信している。



でもこんな開けた場所に出たのに赤ヘルメットが見えないと、本当に追いつけるか不安になってしまう。


そんな事を気にするようになっている時点で、当初のペースコントロールなんて考えはぶっ飛んでいる。


しかしこの辺りまで来ると一歩一歩の重みが下界とは比べ物にならないくらい重い!

重力との勝負になって来た。

いつもならパフュームの『ゼログラビティ』でも聴きながら、軽快に登りたいところでしたが、この日は珍しくそんな心の余裕が無くて、むしろもっと重々しい曲が頭の中を流れている気分でした。


ここに来てストックのありがたみを初めて実感する。

幸い僕はスキー経験があるのでストックワークはすぐに馴染んだ。

今までの僕は「下りはともかく登りでストックなんているの?」って思っていたけれど、今回実践してみて正解でした。

皆さん!ストックが有るか無いかで天と地の差です!

少なくともこの槍沢ルートでは、その威力を遺憾なく発揮します!



歩き始めて10分もしないうちに前方から来るご婦人方と話をしながらまた休憩。


「こんにちは!槍ヶ岳山荘からですか?」(下って来た時間を聞けば登りの時間の目安になるので)


「いいえ、私たちは南岳の分岐から下って来ました!」


「天狗原経由ですか?」


「そうです!」


「逆さ槍は観れましたか?」


「はい!今日はバッチリ綺麗に観れましたよ!」


「そうですか!羨ましいなぁ~!これ、天気とかって明後日は荒れるかもって噂ですけど、どう思います?」


「なんか明日の午後から崩れるかもって皆さん言ってましたよ。」


「明日の午後からですか?勘弁して欲しいですね~。」


そんな会話を交わしつつ・・・翌日のプランを頭の中で練り直そうとしている。


天狗池の逆さ槍(槍ヶ岳が日本のマッターホルンと呼ばれる所以の一つ)は観に行きたいけど、絶対に寄り道するゆとりはない。


早朝6時に槍ヶ岳山荘を出発したとして、南岳に着くのは8時半前後。

そこから大キレットを経て北穂高岳までの強烈な登り返し・・・北穂高小屋に着くのは順調良く行っても11時。

初日のダメージが抜けてなかったらほぼコースタイムの12時着になるかも。

南岳小屋で休憩とか考えたら更にプラス30分。


それまでに天候が荒れたら大キレットは地獄に変わる。

雨の中を長谷川ピークとか飛騨泣きを歩くなんて体調が万全じゃないと恐怖でしかない。


翌日は穂高岳山荘までは行きたいけど、天候次第では北穂高小屋に泊まる方が安全な場合もある。

とにかく目標は午前中のうちに北穂高小屋に到着する事。

これは何としても死守しないとならない!


ご婦人たちと5分ほど話して歩き始めた僕の心は、翌日の天候の心配で不安になった。



ようやく『大曲り』。

ルートマップによると、ここから更に傾斜がきつくなるそうです。


向こうで休憩している団体のグループは、僕がババ平でおむすびを食べている間に歩いて行ったグループです。

あれだけの人数がいるのにこのスピードで歩くなんてかなりの手練れです。

引率していたインストラクターの紳士はかなりのベテランでしたが、さすがにこの辺りまで来ると普通の人は歩いていない感じがします。


標高は2200m付近を通過しました。
後ろを振り返って写真正面の赤沢山を見る。
赤沢山の標高は2670m・・・3080mの『槍の肩』まではまだまだ遠いなと実感。


遠くにようやくグリーンバンドと呼ばれるハイマツ帯がハッキリと見えてきた。

そこを巻けば槍ヶ岳がド~ン!と現れる・・・訳ですが、この時の僕の心境はお腹が空き過ぎて非常に苦しく、気分転換にライチョウ等の野生動物に出会って心を癒されたい!って気持ちの方が勝っていました。



と思っていたら何かの糞が落ちていた。

クマの糞っぽいけど何だろう?

すれ違った下山中の家族とここでこの糞について話し合う。


そこの奥さん曰く「サルじゃないですか?朝も結構サルが走っているのを見ましたよ!」


でも僕はサルの糞ならもっと人間に近いと思うので、それは違うだろうという考え。

雷鳥の糞にしたら大きいし、カモシカの糞でもないし、オコジョの糞はもっと細長い。

そうなるとやはりクマしか残らない。

クマの糞は食べ物によって全然違うものに見えるから、十分にその可能性はあると思う。


いずれにしても少し時間の経っている糞なので、警戒するほどの事も無いかと思い再び歩き始めた。



間も無く標高2250m・・・

大喰岳(おおばみだけ)や中岳の尾根が近くまで迫ってきた事で、ようやくここはもう槍ヶ岳の山域なんだ!って思えるようになってくる。



もう間もなく天狗原分岐。(ここで標高2300m付近)



ここでヘリコプターのプロペラの音が山々に反響して、足の裏にまでその振動が伝わって来た。


空を見上げると2~3機のヘリコプターが交互にエリアを入れ替わりつつ飛び回っていた。


複数機が飛んでいる事もそうだが、捜索範囲がかなり広い感じで尋常ではない状況なのが容易に見て取れる。

後で判った話だけど、この日だけで北アルプスは7名が滑落や転倒などして遭難。

そのうちの6名がこの槍穂高連峰の山域での事故らしい。


まあ写真ではそこまで混雑した写真は撮っていないけど、本当にこの日は登山客で溢れていたんだ。

当然あって然りの遭難かも知れない。



紅葉を美しいと思いながら登っていた記憶が無い訳ではないけど、空腹感と汗のかき過ぎによる脱水症状がずっと続いていたので、まだ2週間前の記憶なのに当時の感覚がボンヤリしてハッキリと覚えていない。


この写真の撮り方から見て、「中岳の尾根の左手に天狗原と天狗池があるのだろう。」と思いながら撮影していたと思われる。


あとこの撮影の直前に赤ヘルメットの紳士を抜きました。

相当ハイペースで歩いていたのでバテたのでしょうか?

声を掛けた感じだと、どうやら高山病にでもなったんじゃないか?って思えるような雰囲気でした。

でも僕にはあんまり話しかけて欲しくなさそうだったので、やむを得ずスルー。



しかし北穂高岳の南稜とかに比べたら断然こっちのルートの方が優しいのだけど、そうは言っても脱水症状で歩くのは苦痛でしかない。

石段の一段一段が重い。


この辺りは道が狭くて岩もゴロゴロの箇所があって、ストックワークも集中力が必要。



そんな時に見つけた毛虫。

もうすぐ天狗原分岐なので標高は2350mです。

こんな寒い所で生きているなんて・・・小さいのに強い生命だと思いませんか?



そして13:15に天狗原分岐へ到着。

ここでしばらくこの御三方と会話をしながら休憩。

真ん中の人はTREKのロードバイクに乗っているとかで、僕のヘルメットを見て親近感を感じてくれたらしい。

皆さん槍ヶ岳は初めてらしく、既に脚が棒のようになって進むのが苦痛だとおっしゃっていました。


まあ僕も同じなのでお気持ちは良く解ります。


とりあえずここまで・・・途中で駄弁っていた時間を差し引いて、水俣乗越分岐から標準タイム通りの50分。


河童橋からの累計歩行時間は4時間27分。



振り返るととうとう谷の向こうに常念山脈が見えてきました。

あの少し尖ったピークは蝶ヶ岳の『蝶槍』と呼ばれるポイントです。




また5分ほど駄弁ってから出発。(13:20)
内心「天狗原に行った方が楽そうでいいなぁ~。」とか思うようになっているので、良くない傾向だなぁ~と自覚。

しばらくは御三方のペースメーカーになるように先頭を歩く。

その後ろからまた復活した赤ヘルメットが接近してくるのが見えていました。

ここからは気力だけで歩きました。

ただひたすら前へ進むという事にだけ集中して歩く。



13:43 とうとう最後の水場に到着した。

振り返ると蝶ヶ岳が全容を現し、山頂とその手前にある蝶ヶ岳ヒュッテの屋根の形まで視認できる。

また天狗原に向かっているグループも見える。
さっきのベテラン登山者たちのグループだと思われる。

天狗原に大岩が視認できる。
きっとあそこが天狗池なのだろう。

標高を稼ぐと段々見えてくる景色が拡がって来るのでモチベーションになる。

そして僕に続いていた登山者たちも徐々にペースが落ち始めて、もう随分と差が開いてきた。
これも僕にとってはペースを維持しようと思えるモチベーションになる。


ところがこのモチベーションが、僕みたいな性格(気質)の人間にとっては諸刃の剣になる事もある。

この最後の水場で両手いっぱいに水を掬って4杯も水を飲んだ。

冷たくて美味しかった。

しかしさすがに残り僅かになってきたハイドレーションを、わざわざザックから取り出して水を汲もうとはならなかった。

当初は最終手段としてここで水を汲む予定だった・・・それなのにだ。

ハイドレーションをザックから取り出すには、ストローを全部ガイドから抜いて、ザックの中に一度押し込んでからハイドレーションパックごと抜き出す。

抜いて、取り出して、汲み直して、また収納してストローをセットする。

一連の動作も河童橋の前にいた時は2~3分で完了したが、今の自分は6~8分くらいの時間が掛かりそうだと思えるほど動作のスピードが死んでいる自覚がある。

その間に後方の登山者とのアドバンテージは無くなる。

既に水を飲んでクエン酸のタブレットと、固形酸素タブレットを摂取して8分も休憩を取ってしまったので、このまま下手をすれば抜かれてしまい、また抜き返すのに余計なエネルギーと神経を使ってしまう。

それらを天秤にかけて考えた瞬間・・・瞬時に「水の補給は諦めて一刻も早く先を急ごう!」という選択になってしまうのである。


グリーンバンドのカーブが目と鼻の先に見えている事も、先を急ぎたくなる心理に追い打ちをかける。

「あそこを曲がったら槍ヶ岳の姿が見える!」


逸る心理が生み出す負のスパイラルである。



しかし案の定、後ろを振り向けば赤ヘルメットが先ほどの御三方を抜きがてら話しかけているのが見えた。


彼の視線を感じる。


やはり僕の事が相当嫌いなのだろう。(苦笑)


グリーンバンドはもうそこだ!「追いつかれてたまるものか!」



13:57 グリーンバンドに到着!


そして槍ヶ岳の姿が徐々に見えてきた!感動の瞬間だ!



時間はとうとう14時になってしまった。


でもここまで来たからにはもう引き返すなんて事はありえない!


喉も乾いてきたし、相変わらず強烈な空腹感が襲ってくるが、もう気を失ってでも登り切る覚悟はできている。


さあ最後の正念場!無事に槍ヶ岳に辿り着くのだろうか?

では次回!

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