2020年10月14日水曜日

結局自分の居場所は山にしかない・・・槍・穂高縦走チャレンジ・・・その②「ペースコントロールができない心理と予定通り準備ができない心理」

 


空は曇っているけど奥穂高岳の雄姿はハッキリ見えました!


河童橋のワイヤーの曲線と重なるように、奥穂高岳~前穂高岳を結ぶ吊尾根の曲線が美しい。



上高地バスターミナルで急いで登山届を書いて提出して、売店で並ぶ事10分。


やっと購入した朝ごはんの焼きそばと非常食のおむすびです。


おむすびはザックに入れて、穂高を眺めながら朝食タイム。



そして五千尺ホテルの横にある給水所でハイドレーションに1.2ℓの水を汲む。


ハイドレーションは2ℓ入るのだけど、敢えて1.2ℓにしている理由・・・。


僕の経験上、ハイドレーションの水は標高差100mにつき100㎖が目安である。

上高地から槍ヶ岳山荘のある『槍の肩』までは標高差1580mある。

歩く距離も20km以上あるので、余裕を見たら2ℓでも少ないくらいである。


それを敢えて1.2ℓ。


槍沢のグリーンバンドと呼ばれるポイントがある。

その手前に最後の水場があるのだけど、そこに行くまでにも水場はあるっぽいので、最悪水が尽きたらそこで汲めばいいと考えていました。

それに沢山背負って重くなるだけで、水が温くなったら飲みにくくなるので、こまめにフレッシュな水を汲んだ方が良いという判断。


後はペットボトルでポカリかソルティライチ系のドリンクとお茶を1本ずつ持っておけば大丈夫かな?って算段でした。


何より槍ヶ岳までの槍沢ルートには、明神館~徳沢園~横尾山荘~槍沢ロッヂ~殺生ヒュッテと、ルート上に5ヶ所も山小屋が存在するので、荷物を軽くしていても補給のマネジメントは何とかなる。



ところが下界と同じ価格でドリンクが買える限界ポイントでもある、この河童橋前でペットボトルを買おうと思ったら、ものすごく乱暴な運転で自販機の補充をする車が、僕と自販機の間に割って入る。


そしてものすごい勢いで補充が始まった・・・。


素早く効率よく作業がしたい気持ちは解るけど、僕は今買おうとしていたところを乱暴な運転に慌てて飛び退いたんだよ。


これでここでドリンクを買う気持ちが削がれる。


僕のこういった性格と、この時の判断が後にとんでもない事態へと発展する。


次々に入山していく登山者を横目に、いつまでもゆっくりしていられない気持ちも働き、僕もストックの準備をし意を決してスタートする(7:35)



8月から頻繁にクマの目撃がされている小梨平のテント場です。


異様なほどにクマ鈴が森の中をこだましています。

今年はクマの出没が多いので、誰もがクマ鈴をぶら下げて歩いているのでしょう。

僕は敢えてクマ鈴を収納しました。


富山県ではクマが積極的に人を狙ってくるという現象が起こっているので、同じ北アルプスである以上は油断ができません。

この界隈のクマにも乱暴で積極的に人の食べ物を狙ってくるクマがいたって別段不思議な事ではないのです。


勿論催涙スプレー等クマ用の武器も装備しています。

すぐにケースから出してロックを外し、発射する訓練もしています。

バッタリ出くわさない限りは準備までの2秒程度の時間は作れるはずですし、バッタリ出くわした場合の奥の手も持っています。


むしろクマが出てきたらどうしよう?って事よりも、登山客が多過ぎる事が問題。



2~4人のパーティーも多いが、5人以上の大人数もかなりいて、とにかく広がって歩く人が多い。


大学生サークルのグループ等は特にそういった傾向が顕著で、止まる時も道の真ん中で団子になるから邪魔で仕方が無い。


しっかりと統制の取れたグループなら1列かせいぜい2列で綺麗に並んで歩く。


止まる時も道端に沿って1列か、団子になって集まるにしても、邪魔にならない場所を見つけて、そこで集まるのがマナーであり、暗黙のルールだ。


そんなことは幼稚園や小学校の遠足でも実践する事だし、例えばスキースクールでもそれができていないスクールはレベルが低いとバカにされるくらいの初歩中の初歩である。


左手に明神岳を眺めながら溜息しか出ない。


上高地から明神の区間は挨拶するにも及ばない登山客やハイカーの率が半端なかった。



8:06 明神館に着いたが、目の前のベテランっぽいご婦人たち・・・

3人が道一杯に拡がってくっちゃべりながら歩いている。

気持ちは解らなくもないが、道は広くないし、他にもたくさんの登山客は歩いている。


登りやすくて最小限の装備で槍穂高に挑める、初心者向きの登山ルートのほとんどがこの道を起点に広がっているので、致し方ない現象ではあるのだけど・・・


毎回煩わしさが増しているような気がしてならない。


例年なら中国系の観光客も多いこの界隈。

彼らの方が挨拶も積極的にしてくれるし、拡がって歩くことが少ないので、こちらも安心して歩けたりする。


この日は河童橋から横尾まで標準コースタイム3時間のところを、いつもなら2時間で歩くのだけど、後半の余力を残す為に10%増しの2時間12分程度で歩く予定でした。


しかし明神館まで標準タイムが50分のところを31分で通過してしまい、ペースを抑えないとならなかったのですが・・・


大人数のグループが軒並み明神館で休憩を始めたものですから、「これは今のうちに進め!って意味なんじゃないの?」と思い、またしてもペットボトルを買わずに通過してしまった。



前穂東壁・・・魔王の棲む山感すごくないですか?(笑)


梓川の向こうに尖った山(中山)が見えます。
あの中山の麓を左手に登っていくと槍ヶ岳ですが・・・まだまだ遠いなぁ~。

因みに写真奥の一番遠くに見えている山は日本2百名山の大天井岳(標高2922m)です。


ここまで来たら徳澤園はもう目の前である。

8:38 徳澤園を通過!

人が多過ぎて休む気になれなかった。

これで僕のライフ(補給)が一つ失われる。


なんだかんだで大人数のグループをパスする時などは、「お先に失礼しま~す!」と大声で叫びつつ走って抜いて行くので、ゆっくり歩くどころか、まあまあのハイペースで進んでいます。


登り坂はストックワークを駆使して脚の負担を補助。

下り坂は足の裏を地面に擦らないギリギリで、素早く送り足。


そうする事で着地の瞬間の衝撃を半分以下に抑える事ができる。


走る際はダメージの蓄積を最小限に抑える為の工夫を徹底的に駆使しています。



9:19 横尾山荘に到着。

予定とは裏腹に河童橋から1時間44分というハイペースで歩いて来てしまった。


さすがにまずいと思ってここで小休止を取る。

距離的にはここが中間地点。

ここまで一切の補給も無く歩いてきたので、缶のポカリスエット350㎖(250円)を飲む。

「美味ぇ~っ!」

一時の幸せに浸っていたら3人組のオヤジさんが隣と正面に腰掛ける。

僕が自転車用のヘルメットをザックにぶら下げているのが気になって、道中で僕が抜いて行くのを見た時から声を掛けたかったんだそうです。


「自転車のヘルメットってダクトが多いから涼しそうで良いよね!」

「登山用ヘルメットじゃなくても使えるんで重宝しますよ!」

そんな何気ない会話から始まって・・・


「どこからお越しで?」

「僕は神戸からですよ!皆さんは?」

「実は我々はここまでの道中で知り合っただけで、それぞれバラバラなんやけど、私は和歌山から来ました。」

そしてこのオヤジさんからは行動食の柿ピーを両手いっぱいに頂く。(これは嬉しかった)


「皆さんは今日はどこまで登るんですか?」

「私とこちらの彼は涸沢までです。お兄さんは槍ですか?」

「はい!僕は槍ヶ岳まで今日中に登る予定です。」

「じゃあこっちの彼と一緒に行ったらどう?彼も槍を目指してるらしいよ!」

「いやいや、僕はババ平でテン泊なのでゆっくりですから、気にせず先に行って下さい。」


結局ここで35分も休憩してしまい、9時54分に横尾を出発。


それなら横尾山荘で名物の豚スタミナ丼を食べて行くんだったと後々に後悔。



横尾でほとんどの登山客は涸沢カール方面へ行ったので、ここから狭くて鬱蒼とした森の中を歩くのだけど、人口密度は劇的に減って・・・爽やかな空気を満喫しながら歩ける。


ただし槍ヶ岳山荘を目指す人たちは皆さん歩くスピードが尋常じゃなく速いので、ここからは同じくらいのペースで歩く人も多く、ペースコントロールがしにくい。


前を歩く人が後ろを気にしていると感じたら、結局走って抜かないとならなかったり、やはり同じペースで後ろを歩かれるのって気持ち悪かったりするので、今度は引きちぎろうと更にペースを上げてしまう心理状態に陥る訳で・・・とにかく悪循環。



こういうマイナスイオンが点在しているのに心落ち着かない。


以前にもチラッと話した事があるかも知れませんが、僕は根っからのレーサー(アドレナリン)気質です。

幼稚園~小学生の頃はカール・ルイスに憧れて陸上選手になるのが夢でした。

中学~高校を卒業するまではアラン・プロストや中嶋悟に憧れてF-1レーサーになるのが夢でした。

当時はオンボードカメラの画像を何度も見ているうちに、モナコと鈴鹿は目を瞑っていても走れるって思えるくらい、プロストのブレーキタイミングやシフトタイミング、走行ラインをインプットしていました。

スポーツはボクシングや空手などの格闘技の傍ら、陸上競技や野球、サッカーをやっていたのですが、サッカーはすぐに熱くなる性格だった事もあってペナルティカードの常習犯でした。

カーレースの道へ入る事を諦め自転車のロードレースを始めた時も、クリテリウムレースなどでは周りの殺伐とした空気に飲まれないよう、スタートラインに立った瞬間からスイッチが入って殺気を放出していたと思います。

こればかりはいくら人間が丸くなったところで、そうそう本質が変わる訳でも無く・・・

今でも信号待ちで車の隙間を縫って停止線の前へ出て来る行儀の悪いバイクとか、落ち着きなくじりじりとクリープ現象で前へ進む車とかがいると、こっちまでイライラして思わずアクセルを煽ってマフラーを空吹かしして威嚇しまう悪い癖がある。


『停止線=スタートライン』


この感覚は本能に沁み付いているので、きっと死ぬまで抜けない感覚だと思う。

青信号に変わった瞬間、0.2秒でアクセルを踏んで発進・・・

別に飛ばす訳でも無いし、特別急いでいる訳ではないけど、先頭がもたつくと後方に並んだ車が迷惑するので、速やかにスタートするのが当然だと思っている。(勿論安全確認は怠らない)

この反射神経が鈍ったら自分は終わりだと思っているので、これだけは譲れない。

なので出勤時に信号が変わってもすぐに発進しない先頭車両とかがいると、非常にストレスを感じる。

青に変わってから理由もなく0.3秒以上経ってもスタートしないとか、自分の中では絶対に許せない事。(あくまで自分に置き換えて考えた場合の話ですが)



『無駄のないライン取りが命』


必ずしも最短距離とイコールではないけれど、スピードや勢いを殺さないレコードラインというものがサーキットにも人生にもあると思う。

それを邪魔される事がストレスにならない訳ないですよね?

また少し緩~く考えたとして、車でも自転車でも車体に負担をかけない走りっていうものもあるので、時には気持ちよく走るライン取りっていうものが存在したって良い訳です。

それは歩いていても一緒。

僕には空間上に自分の理想のラインが見えているので、集中力が研ぎ澄まされている時等はついスイッチが入ってしまい、邪魔をする全てのものにストレスを感じてしまいます。

だから一瞬でも自分のタイミングでドリンクが買えないと思ったら、瞬時に諦めて次を目指して気持ちを切り替えてしまう。(コンマ1秒すら無駄にしたくない心理に陥る)


このレーサー気質の面倒臭い本能が今回、悉く自分の思惑と逆に働いてしまい、自分自身を窮地に追い込んでしまう事になっていく。



ここは槍見河原。

鬱蒼と茂っているから判りにくいかも知れませんが、向こうの木に重なって槍の穂先が見えています。

『槍の穂先』とは主に山頂部分の『大槍』と呼ばれる部分を指します。


実は槍ヶ岳登山・・・槍沢ルートからはグリーンバンドを越えるまで、ほぼ槍ヶ岳の姿を拝むことができません!


北アルプスのどこから見てもその存在が判ると言われる、シンボル的な山であるにも関わらず、いざ登ろうとするとその姿を簡単には見せてもらえないという、非常にサディスティックな山である。(笑)



間も無く『一ノ俣』を通過。


さすが梓川の水は美しいターコイズブルーである!

この美しい梓川の源流域を辿るように歩くのが、この槍沢ルートの魅力でもあります。



所々倒木や落石による登山道の崩落個所もあったりで、ドキドキしながら歩く区間も存在します。



そして『二ノ俣』の橋を渡ります。



スケジュールさえゆとりがあれば、気持ちよく森林浴を楽しめる道です。

河童橋から槍ヶ岳山荘までは標準コースタイムが9時間10分~というロングルートです。

休憩を一切取らないと仮定して、7:35にスタートしたのであれば、到着予定時間は16:45以降になる。

お山時間としては完全にアウトな時間帯である。

強いて言うならば、この季節だから何とかなるかも・・・な時間でもある。

途中で休憩も必要だし、後半でどのくらいペースが落ちるかも不明なので、現状は可能な限り行動時間の貯金を作りたい。

いつの間にかそんな考えに落ち着いていた。


梓川の水はとても冷たい。


既に汗だくの身としては、川で水浴びでもしたい気分だが、ここの水は心臓に悪い。(笑)


気温はこの時点で13度くらいだったと思うが、長袖Tシャツとフリースでも暑く感じる。


このペースで汗をかき続けるのは危険だと本能では判っていたけれど・・・。



またいつもの癖で歩きながらでもイワナが泳いでいないか見てしまう。



美味しいイワナの塩焼きと、クマの肉が食べたい。



10:54

槍沢ロッヂに到着!


横尾山荘からここまで通常1時間40分のところを1時間で歩いてしまった。


河童橋からの休憩時間を省いたタイムは2時間44分。


コースタイムの30%未満で歩くTJAR王者の望月さんと比べたら倍程の時間はかかっていますが、今の自分には普通に飛ばし過ぎだと感じていました。



指標の向こうに座っている紳士は僕よりもハイスピードで歩いていた人ですが、相当疲れた模様で完全にへばっていました。

そしてビックリなのが殺生ヒュッテが年内の営業を終了したという知らせの看板。

コロナの影響でしょうが、何かあった時にありがたい場所に建っている山小屋なので、それが閉まっているという事実は後に大きなリスクへと繋がります。

とりあえずここでお金を払ってトイレ休憩13分・・・吉と出るか凶と出るか?

次回お楽しみに。

2020年10月13日火曜日

結局自分の居場所は山にしかない・・・槍・穂高縦走チャレンジ・・・その➀「僕の心は蝕まれている」

 2020年はコロナウイルスの影響で僕自身の生活まで大打撃を受けました。


新規事業は観光業なので、僕の新しいテナントを含むドライブイン自体が大打撃を受けて通常営業ができていない状態で、未だに営業開始の目処が立っておりません。


よってレンタサイクルなど仕入れにかかった費用そのものが、そっくりそのまま僕の収支の脚を引っ張っている状態です。


ここから逆転満塁ホームランを打つ為のアイデアはいくらでも浮かんできます。


しかしそれを実行するには僕一人が騒いでどうにかなる問題ではありません。


ドライブインの経営陣は状況を理解できています。


しかしスタッフのモチベーションが同じ土俵には無いのが問題です。


「そのうちコロナが落ち着いたらまたいつも通りに戻るだろう。・・・いや、戻って欲しいな~。」


「収入が減って生活が厳しいから転職しようかな?」


「営業していなくても出勤したら給料って出ますよね?」


そんな人が多いらしくて、僕も若狭に行く度に常務や社長の愚痴や悩みを聞く係に徹しています。


根本を考えてくれ!


客が来なければ商売もできない訳で、商売もできなければ収入も無い訳で・・・


何処からどうやって己らの給料を賄うっていう訳よ?


そんな誰にでも判るような事すら考えないで、自分の都合ばかり主張するなんて!


「頭悪過ぎとちゃうか?」って、これ・・・学校の先生やったらチョップで教卓を真っ二つにぶち割るくらいの憤りを感じます。


当店だって満身創痍です。


コロナで一時的に爆発的な自転車需要はあったものの、結局肝心な商品の供給が間に合わないので、例年と比べても変わらないというか・・・むしろ高い自転車は売れなくなっていますから、全体的に台風と大雨の影響を受けた2018年、2019年に引き続き、最低な営業成績が続いています。


スタッフのスキル不足も長らく引きずっていますので、現状僕を抜いてしまっての営業はかなり危ういのです。


勿論現場で何度も指導はしています。


それでも飲み込みのスピードは人それぞれですから、現状僕の代わりになって動けるメカニックは店にいません。


僕も常にやり場のないモヤモヤを抱えて日々を不健康に過ごしています。


仕事は楽しくしたいし、人生は楽しんでなんぼだと解ってはいるのですが、そんな余裕が一切なくなってきて心が壊れそうです。


自分の事でさえ満足にケアできないくらい、日々何かに追われているような気分で生きています。


それでも常時、暇さえあれば今できる事や、新しい観光のアイデアを考えています。


先日も料理長と面談する為に若狭に行っていました。


僕は今でこそ自転車屋の店主ですが、元は旅行の仕掛人で・・・それを天職と思っていたような人間なので、いつまでもバスツアーの客層に頼ったスタンスを見ていられなくて、料理長の心の中でどれほどの危機感をお持ちかを確かめつつ、今後の戦略の擦り合わせと、それに見合ったメニューを何パターンか考えてもらうよう自分の提案もぶつけつつ、あとはオペレーション的に無理があるなら人材とその配備の練り直しを常務に正直に報告するようにお願いして・・・。


自分の店のオペレーションも満足にマネジメントできていないのに!(苦笑)


地方の一観光施設の再生・・・今の僕にとっては一蓮托生になっているので、これはこれで命懸けで取り組んでいます。


どうでもいい話ですけど、僕はこの観光施設の再生計画において、一切の収入は得ていません!


すべてお断りして自分の任意で行なっております。


毎回のガソリン代も高速料金も全て自腹です。


物好きじゃないとできない事だと自覚しています。


それでもそこで働く人たちの気持ちが一つになったら、絶対に新しい観光が生まれると信じて動いています。


そんな僕が今欲しいのは一緒にその仕掛けを作ってくれる同志です。


人が増えれば実行力も増すし、何よりモチベーションが上がります!


なかなか僕みたいに収入が無くても動いてくれるって人はいないかもしれませんが、これも将来的に日本の経済を再生するきっかけに繋がるので、そういう大義名分を持って手伝ってくれる仲間、ボランティアをしてくれる仲間はいないものだろうか?


日々そんな夢みたいな事を考えているくらいなので身も心もボロボロです。


実は8月3日から毎月、5日間のファスティング(断食)を続けています。


今月も北アルプスから帰ってきて間も無くスタートし、先週末に終えたばかりです。


断食と言っても、ダイエットがメインではなく、内臓機能の回復から崩れた身体を修復する為に行なうのがこのファスティングです。


なので、根本的には完全な断食ではなく、マルチビタミン、葉酸、食物繊維、鉄分などのバランスを考えたタブレットと、プロテインは摂取します。


更に5日間でミネラルウォーターを30リットル飲みます。


後は出来るだけ運動を控えて休むだけ。


指先や毛細血管の先まで、血流を良くして循環を整える事で、身体の疲れも回復に向かいます。


実際にファスティング中や終了直後は本当に身体の調子も良くなります。


そんな取り組みまでしているのに、身も心もボロボロだという・・・。



そんな僕は「今年はコロナで山どころじゃないよなぁ~!」ってずっと山の事は考えないようにしていた訳。


『グレートトラバース3』の録画を見ても「陽希さんいいなぁ~!羨ましいなぁ~!」とか言いながら「自分は我慢!」


コロナ後はしばらく田中陽希さんも自粛して大変そうだったので、「俺も我慢や~!」なんて思っていたのですが・・・



『祝8周年!!』9月29日でとうとう開業から9年目に突入!


そりゃ、この8年間を振り返ったら色々苦労もあった訳で・・・(今もピンチですが)


「あかん!このままじゃ無理や!もう心が壊れそうや!」


そこからソワソワし始めて、10月1日の時点ではまだどこに登るとも決まってなかったのですが・・・。


「剱岳・・・行くとしたらどこに車を置けば縦走を楽しめる?」

行き慣れていない山域なので車だと悩んでしまう。


「猿倉から白馬岳に登って、そこから爺ヶ岳まで後立山連峰の縦走を2泊3日で踏破するには・・・。」

1泊目を白馬山荘で星空観賞!って考えた場合に、2泊目を五竜山荘で?

陽希さんは行けたけど自分に行けるか?

後半で不帰の剱や牛首を通過する事も含めて標準コースタイム10時間。

朝食を食べ終わってすぐに出発しても朝6時。

到着時間16時は山時間で考えたら、本来行動すべき時間ではない。

休憩時間も含めて8時間以内で歩けば何とかなるけど・・・初めて歩くルートが多いので自信がない。

しかも最近になって白馬大雪渓に亀裂が走った・・・とかで入山禁止になったばかり。

白馬岳に登るなら大雪渓から登る方が楽しいよね?

栂池から登るのとか退屈じゃない?


「そうなると・・・やはり穂高連峰の周辺か?だとしたらどのルートにしよう?」

10月2日の昼まで真剣に悩みました。


そして悩んだ結果GOTOキャンペーンを使って、平湯温泉で前泊をする事にしました。

10月2日の夕方から飛騨高山を通過して、奥飛騨温泉郷は平湯温泉まで・・・


到着は22時過ぎでしたが、毎回夜通し走って車中泊からの登山だとさすがにしんどいので、たまには贅沢も必要です。



10月3日  朝 5:40


ホテルの窓から飛騨の名峰・笠ヶ岳が見えます。


僕は5時前には目が覚めて荷物の整理をしていたので、6時過ぎにチェックアウトしてバスターミナルへ向かう。



6:20

バスのチケットも購入して待っています。

気温は9度で湿度は73%です。


ホテルからTシャツ1枚で歩いてきましたが、さすがにフリースを羽織る事にしました。

これは3000mの稜線は確実に氷点下です。

風が吹いたらとんでもなく寒いでしょう。


始発は通常6:50発のバスですが、どうやら始発場所のアカンダナ駐車場は登山客で溢れ返っているらしく、臨時便が6時35分にやって来た!



7:02

釜トンネル前で道路の工事をしていたものの、順調に上高地バスターミナルに到着!


想像していた以上に上高地に早く着けてラッキーです!



しかし登山届提出窓口は込みあっています。



当然長野県側からやって来た登山客もいる訳で、既に上高地バスターミナルは賑わっています。


この登山客のうち7割は涸沢カールを目指すものと思われますので・・・


横尾まで歩くのが煩わしいかも知れません。


一応登山届で申告したルートですが・・・




この日のうちに槍ヶ岳まで登って槍ヶ岳山荘に宿泊。


翌日は大喰岳~中岳~南岳~と3000m超の山を渡り歩いてから、大キレットを経て北穂高岳に登頂。


北穂高小屋の絶品ランチを味わってから涸沢岳を経由して穂高岳山荘で2泊目。


3日目は奥穂高岳山頂~吊尾根~前穂高岳山頂~岳沢~上高地と書いていますが、天候次第ではジャンダルム経由で西穂高岳までの縦走も考えています。


ダメな場合のエスケープルートも書いていますが・・・天気は2日目の午後から荒れるかもって噂が流れています。


槍ヶ岳から西穂までの大縦走は国内登山ではこれ以上のものが存在しない程、最高に贅沢なスペシャルルートです。


雪が降らないうちにこの大縦走を心の底から満喫したい!

それが今回の目標にして最大の悲願です!


さあ無事に山行は達成できるのでしょうか?

次回へ続く・・・

2020年9月20日日曜日

BIXXIS『パトス』・・・インプレッション


 早速チームの走行会で初乗りしてきました。

僕の新車のビクシズ・パトスはアウターが52Tで、インナーが39T。

スプロケは12T~29Tの11速仕様です。

生まれて初めて25Tよりも軽い設定のスプロケを装着してしまいました。(汗)


今回は3人で出走。

H川様とアキラ君もチームジャージで参加したので、何気に嬉しかったり・・・。

そしてビクシズをセンターに記念撮影!

H川様のエヴァディオ・ペガサスとチタンバイクコンボです!

どっちがどう良いかはのちほど書かせて頂きます!


とりあえず初乗りインプレッションとして、上りの登坂力と平地の加速力、コントロール性を中心にビクシズ・パトスの良さをテストしたいと思います。

ウォーミングアップで王子公園の駐車場を上りましたが、どうやらいきなりシフトワイヤーの初期伸びが出たみたいで、ローギアの入りが悪く・・・

で、実際には52T×26Tという、僕の普段のギア設定を知っている人ならビックリするくらい軽いギアで上ったのですが・・・メチャクチャしんどかった!

いつもはインターマックス・X-LIGHTで、53T×21Tの組み合わせでスイスイ上っているような坂道です。

ギアの入りが悪い事を考慮して、トルクは極力かけないように走ったにしても妙にしんどかった。

最初の印象としてはパトスは凄く硬いフレームって印象です。

いずれにしてもチェーンをカンパニョーロの純正にしていないから、相性の問題も考えられるとして、ワイヤーテンションを調整しつつしばらく探り探りで走ったので、今回は摩耶ケーブルの駅まで上るとか、鶴甲を上るとか・・・まして長峰中学校の激坂を上ろうなんて話にはならず・・・ダラダラと阪急御影の深田池までやってきました。


結局ワイヤーテンションの調整だけで何とか解決しそうでしたが、今回は念の為に甲南病院経由で鴨子ヶ原の激坂を上るとか、渦森台まで上るなんていうのはパス!(笑)

もう少し色々テストする事にしました。

更に岡本まで走って問題なさそうだったので・・・と言っても、久々の走行会なのに保久良神社を上るとかは勘弁して頂きたくて、今回の登坂テストは神戸薬科大学前の激坂で実施しました!

今度は39T×23Tで上ってみましたが、シッティングだとトルクを全て吸収されそうだったのでダンシングで上る。

ダンシングだとフレームがしなって反発するのが良く判る!

僕の体重がまだ85kg近くあるので、反発するリズムは遅め。

なので勝負所ではない山岳で、プロロードレーサーがリラックスしながら上る際のような、リズミカルなダンシングで上ってみると、意外にも気持ちよく上れるじゃないですか!

アキラ君もコーダーブルーム・ファーナSL2という、6066アルミ合金を駆使したしなりと反発で推進力を発揮する自転車で、52T×28Tのギアを使ってついてきましたが、若手のアキラ君が息を切らせてハアハアゼエゼエ言っているのに対して、僕はほとんど呼吸を乱すことなく上って来れたのは一つの発見です。

帰りの山手幹線では、周りの車に迷惑のかからない直線の区間で、時速50kmオーバーまで加速させるテストを・・・。

まだサイクルコンピューターを付けてないので、正確な速度の変化とかは判りませんが、時速40kmまで引っ張るのにはややもたつきますが、40km付近の速度を超えてきてからはすんなり加速は伸びていきます。

さすがチタンバイクなので、時速50km以上を維持した巡行も可能だと感じました。(勿論、今の僕にはしんどいですが)

自転車の重量は軽いですが、持ってみたらずっしりと質感を感じます。

それだけに重心バランスに優れ安定感もあるので、下り坂やコーナーリングの安心感はさすがです。

今回パトスで走ってみた感想として、単刀直入に僕のインプレッションを一言にすると「とても難しい自転車」になります。

でも同時に「乗り手には厳しいけど、さりげなく優しさも併せ持った自転車」であるとも感じました。

最初はとにかく硬く、しなりのリズムも上手く掴めず、ただひたすら力を吸われて全身がずっしりと重くなる感覚でした。

しかしダンシング時にはしなりとその反発力を上手く活用した走りができたので、フレームの動きと自分のペダリングがシンクロすれば、きっとその威力を発揮してくれそうなポテンシャルを感じる事が出来ました。

回すというよりはガシガシ踏んでいった方が応えてくれるような印象。

今は僕もまだまだ体重があるので・・・もう少し絞っていけば、きっとフレームの反発リズムも早くなるので、もっとスピーディーなダンシングができると思います。

そして力を吸われて・・・とは言いましたが、ビアンキのオルトレやスペシャリッシマ、トンプソンのフォースみたいに、「もっと踏め!ガンガン踏め!」と脅迫されるがままに踏まされ、骨の髄まで持って行かれるような・・・そんな悪魔的な硬さではないので、しばらく走って膝カックンになるような脚の売り切れ方はしません。

どちらかというと、脚が売り切れになっても僅かな力でゆっくり回せば気持ちよく進んでくれる・・・そんな優しさみたいなものを感じました。

逆に弱点は何か?と言えばその間が無い事!?

中途半端なペダリングは受け入れてもらえません。

多分、時速30~40km未満の走りは許してもらえないような感覚。

そういう意味ではかなりサディスティックな乗り物でもあります。

そこで比較するとエヴァディオ・ペガサスが如何に乗りやすく扱いやすく、そしてどんなライダーが乗っても、その乗り手に合わせた走りを実現してくれるので、非常に懐が深くてありがたいチタンバイクだと感じます。

この2台のチタンバイクをどうお客様に勧めるか?

まずペガサスなら誰にでも勧められます!

どんなに非力な初心者ライダーでも、サイクリングの楽しさを120%味わせてくれるのがペガサスです。

レーサーが乗ってもその方のポテンシャルをペガサスは余すところなく引き出してくれます。

ではビクシズ・パトスは?というと・・・

本物のピュアレーシングバイクです。

ジロ・デ・イタリア総合優勝の実績(デ・ローザ時代)は伊達じゃない!

「誰にでも容易く乗りこなせるとは思うなよ!」と、乗り手が逆に自転車からテストされるような感じです。

でも乗りこなせるようになったら確実に力はつきます!

本能的にそう感じます。

だから乗りこなして征服したい欲求に駆られるようになるかも知れません。

何よりも世界一のフレームビルダーが作ってくれる、世界に一台の自分の為のチタンバイクです!

所有する意味は十分にあるでしょ?

何処に購入の動機を持って来るかでお勧めする自転車は変わります。

興味をお持ち頂いた方は是非お店に遊びに来て下さい!

2020年9月18日金曜日

BIXXIS(ビクシズ)『パトス』・・・僕の新しい愛車を紹介します!


 満を持して完成しました。

新形のスーパーレコード12S・・・クランクの形状がダサ過ぎて購入意欲が湧かなくて、カンパニョーロらしさが残る2014年モデルのスーパーレコードを探して購入。

コロナで若狭の新規事業も停滞中です。

このままだと僕もどこまで商売を続けられるのか・・・正直不安しかありません。

そんな時にこんな高級なロードバイクを組み立てていて良いのか?って話ですが・・・

まあせっかく当店では名前ばかりの有名ブランドではなく、素性の確かな・・・しかも古くなったら価値の下る自転車ではなく、年数が経っても価値の下らない自転車を主体に販売している訳ですから。

そういう意味でも早めに組み立ててお店で見せられる状態にした方が良いかな?って判断したので、思い切り無理して完成させました。



以前も紹介しましたが、BIXXIS(ビクシズ)こそが本物の『デ・ローザ』バイクなのです。

デ・ローザの歴史にはエディ・メルクスの活躍を支えたウーゴ・デ・ローザとの二人三脚の物語があって成り立った、『世界一優れた職人の作るフレーム』という代名詞がありました。

今やカーボンフレームが主体で、その多くを台湾の他メーカーの工場に委託製造させている以上、少なくとも僕の中ではもうデ・ローザというブランドは死んだも同然なんです。

そして先代ウーゴの次男にして、マエストロの称号を引き継いだドリアーノ・デ・ローザ氏もそこに危機感を感じていたそうで、密かにデ・ローザを辞めて独立したのがビクシズという訳です。

巨匠ウーゴ・デ・ローザの築き上げた伝統を、そして職人の魂が込められた古き良きロードバイクの活躍したあの時代・・・

それを風化させないために生まれたブランドがこのビクシズです!

デ・ローザというネームだけで売れる自転車を作ろう!なんてビジネススタイルがダメとは言いませんが、今となってはブランドがブランドである意味すら感じない時代になっていると僕は思います。

カーボンは自在に強度や弾性をコントロールできるから、メーカー毎にオリジナリティーは出せる?

いやいや、他社に真似ができてしまう技術に独自性なんて本当にあるの?

だったら中華カーボンの存在はどう説明するの?

金属フレームは職人の技術と工夫で走りが変わるし、同じフレームでも作る職人さんや、その時の気分や体調の違いで、全く同じフレームにならないところに、逆に魅力を感じてしまう。

少なくとも2000年代前半まではメーカー毎のオリジナリティーは守られていたと思うのです。

確実に名車と呼べる自転車が無数に存在していました。

21世紀に入ってからのロードバイクで、記憶に残るような名車っていったい何台ありますか?意外と少ないと・・・僕は少なくともそう感じています。

ビクシズのコンセプトは「21世紀の為の(本物の)イタリアンバイク」なのです。

https://bixxisjapan.com/about/



ところでこのチタンフレームの『パトス』は、1994年のジロ・デ・イタリアや、リエージュ~バストーニュ~リエージュ、フレッシュ・ワロンヌで、圧倒的な勝利を収めたデ・ローザ『チタニオ』を現代のテイストで再現させた名車なのです。


そして僕の注文したフレームはベースジオメトリーですが、1994年のジロ総合優勝バイクと同じジオメトリーで作って頂きました。

ドリアーノ氏にはトップチューブ長550mmくらいで勧められたのですが、僕には大きいから無理だと申し上げ、エフゲニー・ベルツィン選手のジオメトリーをお願いしたところ、「トップチューブ長535mmだけどいいの?」って言われましたが、迷わずそれをお願いしました!

僕の学生時代に組み立てたジタンも、当時ベルツィン選手のスペアフレームを98年ツール開催中にチームから空輸で送って頂いたフレームですが、そちらはトップチューブ長540mmでした。

まあ身体が硬くなっている今乗るんだから尚更535mmで程良いかな?って感じです。



メタル製のロゴはボルトでヘッドチューブに取り付けられています。



右のチェーンステーにはドリアーノ氏のサインが。

紛れもなく氏の制作したフレームである証拠です。



左のチェーンステーには、ドリアーノ氏のご息女であるマルティナ嬢のサインもオプションで入れてもらえます。


僕のサインも含めて、今回サインの全てはサンドブラストで入れて頂きました!



勿論リアブレーキ台座のブリッジにもサンドブラストで刻印が入っています。



チェーンステー内側には先ほども書きました「21世紀の為のイタリアンバイク」というBIXXIS(ビクシズ)の名前の由来にもなったポリシーが刻まれています。



ただでさえ頑丈なデ・ローザ仕込みのチタンバイクなのに、チェーンステーにブリッジを溶接するだけで剛性が増し、走りも変わります。

そして溶接の美しさもマエストロの作品である事の証明です!



ディレーラーハンガーは交換式ではありません!

まあチタンですから、そう簡単に曲がりもしないと思いますが、落車にはくれぐれも気を付けたいと思っています。



クリスキングのヘッドパーツはフレームセットに含まれています。

ヘッドパーツの圧入は比較的簡単に終わりました。

ところが問題はこの後なんです。



シートリーマーが今回の最大の大仕事でした。

メンテナンススタンドでは十分に作業ができないので、一旦作業を止めて・・・


とりあえずフロントフォークのコラムをカットして、ハンドルと前後ホイールを先に取付けしました。


今回僕がパトスを選んだ理由は、「かつての憧れだったチタニオに乗って原点回帰しよう!」って事だったので、カーボンハンドルは絶対に使いたくなくて、アルミで軽くて頑丈かつ形状の使いやすいもの・・・って事で敢えてのTNIハンドルです。

「悪魔に魂を売ったな?」とか言わないで下さいね!(笑)

このハンドルはデ・ローザのチタニオが活躍した時代で言うところの、3Tのプリマ220には及ばないけど、チネリのダイエットエビオス並みの軽さではあります。

あとは全体的に赤系のパーツでアッセンブルしているので、ステムの上に5mmのコラムスペーサーを入れたのですが、ワンポイントでブルーカーボンのスペーサーにしました。



それにしてもシート穴が狭い!

最初3cmしかシートポストが差さらなくて、ここまで4時間かけてやっと4cmまで差さるようになりました。

タダでさえ硬いチタンパイプのリーミング作業・・・手の平が腫れるくらいの重労働です。



先端の4cmしか差さらなかった証拠写真です。

5cm以上掘削しないとシートポストは貫通しません。



更に後日2時間半程作業を続けて、ようやくシートポストが貫通するようになりました。

トータル6時間半って、作業工賃を請求するなら3万円(税別)は頂かないと割に合わない重労働でした。

シートリーマーだけで工賃3万円・・・前代未聞です。(笑)

しかしビクシズでロードバイクを組む以上は、制作側も職人としてマエストロの作品を美しく仕上げなければならない使命があるので、とにかく手抜きができない!

今回ばかりはアキラ君の手伝いも基本拒否しました。(撮影時のみ協力してもらいました・・・笑)

シートリーマーが終わった後は・・・



まずボトルケージ取付けボルト穴をタッピングして、最後にBBのねじ山をタッピング。

今回は右側はタップがしやすかったけど、左側は固かったので、タッピングして正解でした。



BBハンガー内に掘削した全ての削りカスが集まっているので、それらを取り除いて洗浄後BBカップの取り付け。

すんなりと手で回して最後の方まで締まりました。

増し締めはちゃんと工具でやります!


カンパニョーロのレコードやスーパーレコードと言えばこの美しい4アームクランクでしょ?

2015年以降『らしさ』が失われたので、装着するなら2014年モデルが一番カッコいいと思います!


そして完成形がこちらです。

バーテープは敢えて遊びました。

ここで白や赤のバーテープなんて使ったら無難過ぎて面白くないでしょ?

世間様は7割がた白か赤か黒って答えるはず。

僕は少数派にこそセンスを感じます。


最初はペダルもバーテープに合わせて青にしようかと思ったのですが、ちょっとやり過ぎ感を感じたのでペダルのみ無難な赤にしました。


ペダルは左右で267gなので特別に超軽量って訳じゃないけれど、LOOKと互換性ありで、しかも踏面が広いのでペダリングが楽なのです。

そしてボトルケージ用のボルトはオイルスリックカラーのチタンボルトにしました。


スプロケだけは2015年モデルのスーパーレコードです。

6速までがチタン合金製なので2014年モデルよりも軽くて良いです。

ただしスプロケだけで7万円以上するのが・・・高い!

ホイールはエヴァディオ・RS25のカンパフリー仕様です。



やはり綺麗に無難にまとめるなら、バーテープは白が良いな~。

まあ僕仕様なのでこれで良いのですが・・・。



サドルもエヴァディオのエアーフィットサドルですが、こちらは受注生産のカーボンレール仕様!

乗り心地とフィット感に優れ、更に単体で実測80gの超軽量サドルです。

シートポストはフレームセットに付属の物ですがPMP製の超軽量チタンポストです。



ここまであれこれ部品にこだわって組み立てたのですが・・・

スーパーレコードアッセンブルなのに重量は7.1kgでした。(涙)

まあペダル抜きだと6.8kg少々ですから軽いっちゃ軽いのですが・・・

とりあえず気になる走りは、また改めてインプレ書きます!