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2016年7月17日日曜日
第27回つがいけサイクルクラシック・・・レース!後半
レース後半戦。
写真のようにスキー場の林道コースを自転車で上っていきます。
ここは丁度カメラマンが写真撮影をしているヘアピンカーブです。
選手の表情などバッチリ撮影ができます。
このヘアピンを曲がってまもなく中間地点の看板です。
残り8.5km少々・・・
以前だったらこの辺りで苦に感じる事なんて無かったのになぁ~。
所々道の荒れた直線区間など、ダンシングを使いながらリラックスして上るのだが・・・
自分のイメージ通りのスピードで上れないのは、やはりストレスである。
アルプスの美しい景色を観れば湧き上がるはずの力も、一切湧き上がってこない・・・
残り6kmを過ぎた頃、雪解け水のせせらぎの音に、ようやく心も身体もリラックス。
とにかく蒸し暑い。
元々熱の篭りやすい体質なので、ジャージの袖を捲くってノースリーブにして走り・・・
それでも暑い!
それだけにせせらぎの音が最高に心地良い。
しかしその地点を過ぎてからが勝負どころである。
残り5km地点を過ぎれば、雪の多い年などは沿道に積雪も見られて、ゴール前にもなると雪の大谷を歩くような気分で走れる。
ところが今年は雪が少なく、例年6月2週目開催のところを、最終週に変更したりした事もあって、蒸し暑さを吹き飛ばすだけの涼を感じる事ができない。
僕みたいな体質には嬉しくないコンディションだ。
これだったら小雨程度に雨が降ってくれた方が、涼しくて走りやすかったに違いない。
僕は残り5km地点を過ぎた辺りからトラブル発生!
これから一番の踏ん張りどころってところでした。
経過タイムは1時間ジャスト!
トミーさん2号に追いつく為に、ジワジワとペースを上げてきたところで、まさかの右大腿四頭筋が痙攣寸前の予兆。
「おいおい!まだ余力は残してるはずなのに、何でやねん!」
これは残り4kmの看板付近ですね。
ここの登坂が蓄積された疲労にトドメを刺しますが、ここさえ乗り切ったらあと少し!
そのはずだったのに・・・
完全に右の大腿四頭筋が攣ってしまい、それでも痛みを堪えながらダンシングしていたら、左の大腿四頭筋まで攣ってきました。
ここで一気に失速してしまう。
ここは栂の森。
ゴールまで残り3.5km地点です。
応援団やハイカーの声援で闘志が奮い立つ区間です。
僕が残り5km地点を通過する頃には、既にK田様は栂の森を通過!
カメラに笑顔で応えるあたり、まだまだ余裕がある感じですが、K田様も残り2km地点の前後で右足が攣りそうになっていたそうです。
僕は栂の森通過中、両脚の大腿四頭筋の痛みを騙し騙し走り続けた結果、応援団や既に下山を始めた実業団(エリート)クラスが大勢沿道にいるど真ん中で、右のハムストリングスが攣ってしまった。
さすがに太ももの前も後ろも攣ってしまったら、呼吸もできないくらい悶絶する訳で・・・
何とか応援団のいるエリアで落車するのだけは耐え抜いて、残り3kmの看板の手前の草むらに倒れ込んで、必死に筋肉の緊張が緩むのを待つ。
緩んだら立ち上がってストレッチをするが、前も後ろも痙攣している状態で、まともなストレッチができるはずも無く・・・
とにかく走っては痙攣・・・痙攣しては自転車を降り・・・
大腿筋の前後が攣っては息もまともにできず、下山中のライダーにも「大丈夫か?」とか、「あと少しだから頑張って!」と声を掛けられつつも、返事すらできない激痛。
少し筋肉が緩んだところで過呼吸みたいになって、冷静に判断できない状態。
3度目のは特に強烈で、残り2.5km地点で完全に倒れ込んで悶絶。
2000年の乗鞍もこれで表彰台を逃した覚えがある。
ハムストリングスは攣り癖がついてしまうので、克服が難しいんです。
この日は両手の腱鞘炎を抑える為に、前腕筋に・・・
つま先とふくらはぎに疲労感が残っていたので、前頚骨筋と腓腹筋に・・・
それぞれチタンテープを張って、痛みを和らげて走っていたのに、まさか大丈夫(ギリギリ堪えれる)と思っていた大腿筋が集中的にダメージを負うなんて。
チタンのキネシオテープを持って来てはいたけど、自分では上手く貼れないので、結局張らないまま走ったのも悪かった。
本当は腰と背中も激痛があったので、誰かに張ってもらいたかったんですけど、テーピングって知識がないと上手く貼れないので、下手にお願いもできず・・・
何より岩塩を舐めなかったのは完全なミスです。
ここまで蒸し暑いレースになるとは思いもよらず・・・
「もうリタイヤしようかな・・・。」
気がついたら携帯電話でミワさんに電話していました。
もちろんリタイアするって話ではなく、脚を攣って動けないからしばらく待って欲しいって話すつもりで・・・
しかし電波が悪くて繋がらない。
みんなゴールで待っているだろうな・・・。
だんだん悔しいやら情けないやらで少し涙がこみ上げてきました。
少し痛みが引いたところで自転車を押し、歩きながら筋肉の緊張をほぐす。
しかし続々とゴールしたライダーが下山してきて、まるで公開処刑の気分である。
「ああ・・・空気になりたい・・・。」
残り2kmの看板の手前から覚悟を決めて自転車に乗る。
「もうここからは絶対に降りない!」
残り2km地点の前後はカーブの度に激坂なので、脚への負担が大きいが・・・
顔を歪ませながらも何とか堪える。
残り1km地点!山小屋と、その向こうにロープウェイの駅が見えて来た。
慎重に、でも確実に回転数を上げていく。
「1秒でもタイムを縮めなきゃ・・・。」
もはや記録は前代未聞のタイム。
そんな事は解かっているけど、最後までベストを尽くす気持ちと姿勢は忘れちゃいけない。
ラスト200mは、さっきまで地べたに倒れ込んで悶絶していたとは思えないくらいのスピードで走り切って・・・
無事にタイムオーバーにはならずにゴールできました。
しかしここまで屈辱的な結果になると、逆に笑えてきて清々しいというか・・・
何だか複雑です・・・(笑)
先にゴールしたお二人に笑われちゃいました。
しかもこの写真を撮ってもらった後、左のハムストリングスまで攣ってしまい・・・
両脚が死亡!
栂池自然園を散策・・・できるのか?
下山・・・できるのか?
そして気になる3人のタイムは?
結果は次回、お楽しみに!
2016年7月15日金曜日
第27回つがいけサイクルクラシック・・・レース!前半
朝6:00にトミーさん2号の目覚ましで目が覚める。
僕は6:15に合わせていたので、しばらく目を瞑って精神統一。
一応気持ちとしてはレースモードに切り替わっています。
今の自分がどんなに走れなくても、精神レベルは当時の自分にかなり近付けたと思います。
6:30に食堂へ向かってみんなで朝食を楽しむ。
思い切り炭水化物三昧のメニューにして下さい!ってお願いするのを忘れていましたが・・・
すごく健康的で相変わらず手間暇をかけたモーニングです。
コーヒーは食中のコーヒーと食後のコーヒーとで、豆や挽き方を変えて用意して下さいました。
そしてこの手作りの洋ナシジャムが、酸味も少なく上品な味で美味しかった!
厚切りのトーストはお代わり自由ですが、これまた美味しいパンでした!
僕も思わず2枚頂いてしまいました!
デザートのヨーグルトと食後のコーヒーです。
食後のコーヒーはアメリカンかと思うくらい淡い色でしたが、実際に飲んだらしっかりとした深みがあってすごくビックリしました。
とりあえず7時を回った頃、トミーさんにはミワさんと一緒に、先に出発して頂く。
当日受付に間に合ってトミーさん2号もゼッケンとセンサーを取り付け完了!
スタートまで時間はまだまだあるので、ウォーミングアップしてたらどうですか?とは伝えていたのですが・・・
周りでローラー台を回している連中とかばかりなので、余計に緊張するって話で、早速スタート地点まで下山する模様。
時間はまだ8:20頃・・・
その頃僕とK田様はまだ『リンデンバウム』にいて・・・
着替えて、空気圧を入れていた頃ですね。
8:30を回った頃、岩岳スキー場から県道433号線を逆方向へ進み・・・
国道148号線でJR白馬大池駅前まで向かいました。
このルートだとずっとなだらかな下り坂なので、僕もK田様もほとんどストレスフリーでスタート地点へ向かう事ができるのです。
駅前交差点では警察官が交通規制をしていて・・・
こんな感じで既に選手達が並んでおります。
ここの最後尾でトミーさん2号が僕らの到着を待ちながらストレッチをしていました。
すぐ右を見たら姫川と国道148号線越しにJR白馬大池駅が見えます。
昔はスタート地点まで来てからトイレに行きたくなった人は、あそこまでトイレを借りに行っていましたが、今はスタート地点までのヘアピンカーブに仮設トイレがあるので、そんなに心配しなくても大丈夫なようになっていました。
まあ男性の参加者であれば、アウトドアな方も・・・思いの他大勢いらっしゃいますが(笑)
さすがにクラスの最前列に並ぼうなんて大胆な事はもうできなくなりましたが、4列目ぐらいに自転車を置いて・・・
しばらくの間ストレッチ。
「あっ!しまった!」
久々過ぎて大切なものを忘れてしまいました。
僕は元々脚が攣りやすい体質なので、スタート前には必ず岩塩を小さじ1杯分程度舐める習慣があったんですけど、今回はすっかり岩塩を持って来るのを忘れてしまいました。
「まあいっか・・・そんなに本気でタイムを狙える訳でもないし・・・。」
そう開き直って、アミノ酸とゼリーだけスタート前に摂取する。
9:00以降クラス毎にスタートが開始して、K田様は9:20にスタート。
僕は9:22スタートで、トミーさん2号は9:24スタート。
とりあえず落ち着いてペースマネジメントさえすれば、目標タイムはともかく1時間30分では走れるだろうって計算なので、それ程緊張はしなかった。
でも前日のようなグダグダな走りになってしまうと、ゴンドラの駅前を通過するまでにトミーさんに捉えられてしまう。
一応作戦としては・・・できる限りトミーさんから逃げて・・・
抜かれた後は視界に入るか入らないかのギリギリの距離を保ちつつ、ペースメーカーになってもらい、初めて走るトミーさんが栂の森までの上りで脚を使い切ったなら、自分の脚の状態次第では残り3kmの区間で差し返しを図ってみるのもありかなぁ~。
そんな事を考えてはいましたが・・・
そしてスタート!
スタートの瞬間は39T×19Tで発進しましたが、すぐに21Tへシフトダウンして、周りのペースに惑わされないように走る。
中にはちょろちょろと走行ラインを変えて邪魔になるライダーもいるので、実力があれば先頭でスタートし、棚田区間で一気に邪魔な連中をぶっちぎるっていうのが常套手段ですが、そうじゃない場合は下手にラインを譲ったり合わせない事!
他にも走っている人がいるので、惑わされずに自分のラインを確保する事。
ちょろちょろする人には「あぶないですよ!」って声をかけてあげたり・・・
逆に自分が他のライダーのラインを塞いだり、邪魔をした場合は速やかに軌道修正をして謝罪をするのが、ヒルクライムのエチケットです。
棚田区間を抜けたら瞬間、以前なら38T×17Tで回していたのに、39T×21Tから動かせない。
むしろ棚田で23Tに落としておけば良かったくらい・・・
とにかく忍耐!
逸る気持ちを抑えて21Tを踏むのではなく、ゆっくりでもいいから回している感覚になるように意識する。
お陰で2.3km地点までは11分15秒程で通過し、平均時速も12.3kmをキープ。
これを余力を残しつつどこまで維持できるかである。
とりあえず栂池の一番の難関の1区間をこのペースで上れたなら、1時間25分も不可能では無くなってきた。
問題は筋肉のスタミナが持つかどうか・・・
これは先頭を誘導する車両。
この後ろに実業団(エリート)のクラスが走っている。
実業団(エリート)も男子が3クラスと女子が1クラスと4クラスに分かれており・・・
これが最初のグループの先頭集団。
このグループには知っている選手が全然いませんが・・・
先頭を走っている選手は軒並み55分前後か、それより速いタイムで走れます。
これが次のグループ・・・
ここには筧五郎さんと、カペルミュール(ウェイブワン)の営業マンの佐藤氏がいずれもイナーメのメンバーとして参加しています。
佐藤氏は普段、物腰柔らかな雰囲気なのに、実は東六甲を逆瀬川駅前から一軒茶屋まで、40分切りを狙って走るような猛者です。
それがどのくらいすごいレベルかは、六甲山を走っている人なら十分理解できるでしょう。
そしてこれが第3グループ。
このグループには第1回ツール・ド・美ヶ原チャンピオンの高梨氏が参加しています。
その中にヨネやんそっくりな選手が頑張っていたのでピックアップ!
そして・・・
女子の中で唯一男子に追いつくペースで上っている選手・・・
この方が20年前のつがいけサイクルで、初参加の僕の度肝を抜いたという唐見実世子さん!
僕の1歳上なんですけど・・・
当時は彼女が1時間13分10秒かその前後で、僕が1時間13分35秒と、30秒近い差で負けたという、悔しい思い出を下さった人でもあります。
20年前も女子の部ではぶっちぎりの優勝で、その時から女子五輪代表よりも速かったスーパーガールです。
現在ではイナーメの金子さんがヒルクライム最強の女子と云われていますが・・・
僕の知る限り、唐見さんはその対抗馬として互角に戦える選手だと思っています。
その走り、アラフォーにしてまだ進化しています。
その後の女子グループはかなりばらけています。
参加人数が少ない事もありますが、唐見さんが圧倒的に速過ぎるって事が大きいです。
そして女子の後からボチボチ一般男子のグループが上ってくる訳ですが・・・
ところがミワさん、K田様の本日のジャージの色が判らなくて探すのにひと苦労!
そうしているうちに・・・
僕が上ってきちゃいました。
一つだけ愚痴を吐かせて頂きますと、すね毛ボーボーライダーに先行されている事がとても悔しいです!(笑)
お願いだから綺麗に剃ってから走ってくれ~っ!
そして僕はポケットのゼリーが重くてジャージがねじれて気持ち悪い。
何度直してもねじれる。(涙)
そして少し後にトミーさん2号が通過。
トミーさんを見送ったミワさんはゴンドラに乗って移動開始!
この向こうの山を越えた所が栂の森。
ゴールは更に向こう!
ゴンドラ中間駅の向こうを選手が走っています。
ここがゲートを越えたばかりのポイント。
ここの道ってアスファルトではなくコンクリートなので、結構荒れていて・・・
しかも地味に傾斜もきついです。
98年~99年に限定で開催していた、秋のつがいけタイムトライアルのスタート地点でもあるので、僕の頭にはここを涼しい顔して走った、当時の記憶しか残っていません。
そして久々に上ってみて・・・
「こんなにしんどかったっけ?あ~でもしんどい区間だったような気がするわ~。」
K田様も「店長はここから楽勝やって言ってたけど、これって絶対にしんどいよなぁ?ペース落とした方がいいかも・・。」って思ったそうです。
ごめんなさい!(笑)
向こうの駐車場スペースの辺りがゲートの場所です。
今回は25分50秒で通過。
この時点では平均時速12.2kmをキープしているので、まだまだ望みはあります。
応援する側としては上から選手の走るのを観戦できて、それはそれで楽しいみたいです。
そしてスタートから7km地点を過ぎた辺りで、とうとうトミーさん2号の射程内に入る!
「店長~!」
「うわっ!とうとう追いつかれましたね。」
トミーさん2号・・・なかなかいいペースを維持しています。
逆に僕はゲレンデに入ってからペースを抑え過ぎてしまい、この時点で平均時速11.6kmまで低下。
平均時速は下がるのはすぐだけど、上げるのは一苦労である。
とにかくこれ以上、ペースが下がらないように努力するしかない!
しかしここから中間地点まで一部激坂区間があって、余力を残してペースを維持するのが難しい。
結局中間地点通過タイムは46分15秒。
この後栂の森の手前で激坂区間がある事を考えると、挽回できるかなぁ~?
ちなみに20年前、初めて走った頃は土曜日の試走で中間地点まで31分で走って、「これなら1時間切りも狙える!」と思ったのに、本番では序盤で鈴木雷太氏のペースに着いて行ってペンション街で早くもバテてしまい、中間地点を34分弱で通過。
そしてそのまま後半たれて、1時間13分35秒だった。
1時間01分で走れるようになった時でさえ、後半の為に余力を残して走る必要があったので、中間地点まで28~29分台で走って、それだった事を踏まえると・・・
単純にタイムを倍にして、プラスアルファの結果になる可能性が高い。
「そうなると1時間30分切りどころか、35分さえ危うくなってきたなぁ。」
ちょっと自分の結果に暗雲が立ち込めてきた感・・・
さあ後半で挽回はできるのだろうか?
次回お楽しみに・・・(汗)
第27回つがいけサイクルクラシック・・・プラクティス!そして菩提樹の夜
岩岳スキー場前より再び長野県道433号線で栂池方面へ向かう。
落倉への上りで2人組みのロードに追いつくが、最近の僕は自転車でも車でも・・・
抜いた後にピッタリとついてこられたり、これ見よがしに抜き返されたりすると、スイッチが入ってしまうので、そんな自分が面倒臭いから、むやみに前を走る人を抜きたくないと思ってしまう。
心身ともに完全に病んでいるので、中途半端な速度で上られるのがものすごくストレスだったりもする。
仮にこれ見よがしに抜き返されて、スイッチが入ったところで、今度は身体が気持ちに応えてくれない現実をぶつけられると、たちまち自我が崩壊してしまう。
ねっ?ややこしいでしょ?面倒臭いでしょ?
そんな事は人に指摘されなくても、十分自覚はしています。
長年自転車に乗らなくなって失ったものは大きい。
自業自得かも知れないけど、ゼロどころか大きなマイナスからの再出発。
それが更にこの1~2年で余計に酷い現状になってしまったのだ。
自分が自分らしく走れない事、それに苦悩する自分すらも自分なのだと受け入れられない。この自分と向き合う事の辛さは半端ない。
どん底に落ちた経験の無い人には何を言っても響かない話かも知れないですが・・・
子供の頃から頼れる両親が存在しない。体裁ばかり気にして、肝心な時には知らん顔の大人ばかりに裏切られて育ち、気持ちを入れ替え社会人として新たな可能性を導き出して頑張るも、上司の都合に振り回されたり、派閥争いに巻き込まれて居場所を失い・・・。
それでも、どんなに追い詰められても、どんなピンチに立たされても、最終的に信じていたのは常に自分の力。
生まれもって自然と身についた力。
仕事もスポーツも誰にも負けないって言い切る力と自信、ピンチを切り抜ける執念。
それが強気に行動力として表れていたのは間違いありません。
そして有言実行である事も自分の誇りでした。
それが今となっては、何をやっても思うようにいかない自分が許せなくて、許せなくて、誰にも負けないくらい鍛えていた心肺能力も、持て余すほど有り余ったエネルギーも、今は人並み以下まで落ちており、唯一衰えていない筋力も、最近は筋持久力が低下した為か長く続かない。
自分の取り得だったものが無くなるって、これもどん底じゃないでしょうか?
自信の源を失ったら・・・人って、全てにおいてポジティブではなくなるものなんです。
僕が10代の頃掲げた目標は『生涯現役!』
即ち、死ぬまでチャレンジ精神を絶やさない事!です。
死ぬ時は自動車か自転車で限界まで速度を追い込んだ結果か、山で死ぬか・・・それとも人の命を救う為に死ぬか・・・
間違っても病院のベッドで死ぬようなのだけはごめんだ!って誓ったはずなのに、今何も頑張れていない自分が嫌で仕方ない。
生きている事自体が恥ずかしい、人の記憶から消えたいくらい恥だと思っています。
一度でも頂点や究極を目指したって過去は、何度も挫折とどん底を味わう事で、そういう心理状態になるんです。
今できない自分がどうしようもなく苦痛なんです。
「自分の現状を知って来年に向けて頑張る!」それって普通に考えたら前向きな考えじゃないですか?
しかし今の僕にとってはただの拷問なんですよ。
そこまで思い詰めてまで、わざわざ参加するべきだったのか?
確かに逃げるのは簡単だったけど・・・
だからといって、いつまでも現状と向き合う事を逃げていたのでは、きっと何も変わらない!
葛藤!常に葛藤!
妥協するくらいなら死んだ方がマシ。
自分の中にまだ生きているプライドと闘争本能、それを押し殺すような絶望感。そして自分の中で思い描く男の美学・・・あらゆるものがぶつかりあって葛藤している。
そして葛藤しながら走った結果、少々オーバーペースになってしまったらしい。
僕とK田様だけが試走に行くわけではなく、さっきまで僕の運転だった事もあって、今回はミワさんが自分の運転で体育館まで走って道を覚える為に、その為の道案内を兼ねて走っていた事により、尚更脚を使ってしまいました。
しかも落倉~栂池間は体育館へ侵入しやすいルートと考えて、あえて新しい道ではなく松沢経由で走った為、上りを余分に走ったのも原因です。
レース当日は体育館の駐車場までトミーさん2号を連れて来て、当日受付を済ませてから・・・
ミワさんはそのまま応援の為に、ゴンドラ乗り場まで移動の段取りです。
そしてこの日はミワさんはカメラを構えて撮影場所をどこにするかを決める為に移動する。
K田様を引き連れてスタート地点まで下山した僕は、既に満身創痍で・・・
「久々の栂池・・・ワクワクするけど、昔のように走れないのは、今下ってきただけで判断できる。走るのが恐い。」
そんな自分を必死で押し殺してスタートする。
スタート地点は第8回の頃に変更して、500m程国道148号線寄りになっている。
それまでのスタート地点は目の前にいきなり棚田の区間があって、激坂で大混戦するものでした。
そうはいっても新しくスタート地点になった場所からの上りも、地味にしんどい上りである。
以前のスタート地点だった川内神社の鳥居前までで、ポジション争いに加わったりしたら、その後の棚田区間で一気にトドメを刺されてしまう。
僕は必死にペースを抑えて走っているが、既にゆとりが全く無い。
こんなんで翌日のレースでまともに走れるのか?
以前なら余力を残して8分足らずで上っていた栂池高原の石碑のカーブ(2.3km地点)まで14分以上もかかってしまった。
そこからの緩い下りとフラットな区間では、ある程度回復してスピードが上げれるようになったけど・・・
まさかのそこで1人の参加者に抜かれて、すぐに抜き返せそうなシチュエーションになったものの、「またここでムキになって脚を使ったら明日走れなくなる。」って思って断念。
せっかくスピードに乗せて、惰力を最大限活かしてゴンドラ駅前のストレートの急坂を上りたかったのに、その人と新たに前方に現れた2人組が進路を塞いだ為、完全に失速するしかなかった。
車の往来も多かったので致し方ないが、失速した状態で上るにはペンション街の上りはダラダラと身に沁みる。
K田様は余裕で走っていますが、僕はペースを乱されてイライラ・・・
カメラ目線はいいから早く退いてくれ~って感じでした。
撮影しているミワさんも4人組か5人組の人だと思ったら、そこに僕とK田様がいてビックリしたとかで・・・
以前なら10~11分で通過していた第2駐車場前を20分で通過。
ゲート前の直線で別の参加選手に抜かれて、そのペースが自分のリズムに合っていたので、少しペースを持ち直したけど・・・
結局ゲートまで28分50秒もかかってしまった。
全盛期のタイムからは想像もつかないようなタイム。
そしてここで10年以上走りに来ていなかった事で、自分の記憶も曖昧になってきている事が判明。
ゲートまで5.6kmだと思っていたけど、実際には5.3kmで、ゲートからの残りが11.8kmが正しい距離でした。
というように、一部記憶がちぐはぐになっている箇所があって、栂の森を越えてから残り5km地点があったように記憶していたのが、実は残り4kmの前後が最後の踏ん張りどころで、それを抜けたところが栂の森。
栂の森を抜けてから残り3kmの看板が見えて・・・
やはり10年走らないと断片的な記憶ばかりなので、点と点が繋がらなくなってしまっていました。
当然記憶にあるのは当時の感覚なので、ゲートを抜けてからは楽に走れたイメージのままでしたが、これも間違いで・・・
ゲートを抜けてからの1.5kmほどの区間は、初めて走った時も地味に苦しかったはずなのに、その頃の記憶が無くなって、ある程度走れるようになってからの記憶しかなかったせいで、K田様やトミーさん2号を困惑させてしまう結果になってしまう事は、この時点ではまだ想像もしていませんでした。
とりあえずゲートまで平均時速11kmっていう時点で、後半脚がたれる事を計算に入れると、1時間40分くらいかかる計算になる。
今回の目標タイムでK田様の1時間10分は不可能ではないけど、決して簡単には1時間10分の壁は越えられないって事は、経験者として僕が一番解かっています。
それでもK田様のスピードなら1時間15分前後は確実に狙えると確信していましたので、あくまで目標として1時間10分・・・
トミーさん2号は1時間25分くらいなら確実に狙えそうなので、目標を1時間20分に・・・
僕は1時間30分切れるかどうか・・・なので1時間25分を目標にしました。
平均時速12.1kmをキープすれば可能なタイムです。
あとは当日の体調とペースのマネジメント次第でどうにかできるかな・・・。
そう考えていたので、いくらペンションから栂池高原までの道中で脚を使ったからといって、このタイムは無いだろう?
いくら途中でペースを狂わされたからって、せいぜい1~2分の問題じゃないか。
そうなると後半に向けて余力を残しても、26分程で上らないと叶わないタイムになる。
あと最低でも2分半タイムを縮めて、更に余力を残す?できるのか?
K田様と談笑しながら下るも、頭の中はパニックでした。
この日はもう1本上るとか、そんな気分になれなかったので、このまま宿へ戻って身体の疲れを抜く事に全力を尽くす事にしました。
温泉・・・
残念ながら宿の方に聞いたところ、岩岳の湯は営業期間が決まっていて、倉下の湯は地震で温泉の出る位置がずれてしまったらしくて現在休業中との事。
栂池にも温泉はあるし、昔はチームメイトと白馬乗鞍にある若栗温泉まで通っていました。
八方尾根にも温泉はいくつもある・・・
しかし、もう外に出かけて温泉とか行く元気がない。
「色々疲れてもう無理・・・。」
そう思って部屋のお風呂でしばらく寝てました。
その間ミワさんはペンション内や外の花々を一眼レフで撮影していたそうです。
インテリアとかも可愛らしい宿なので、どこを撮影しても絵になるのだそうで・・・
ちなみに自転車は宿の方が中に入れてもいいですよ!って了解を頂き、廊下に立てかけています。
そして夕食の時間がやってきました。
僕はそれすらも部屋を出て階段を下りるのがダルいと感じつつ・・・でもここの食事は楽しみにしていたので・・・(笑)
席に着きました。
前菜にピザです。
冷製ビシソワーズは大好物です。
メインはポトフでしたが、どの料理も食材の旨みを活かした調理がされていて、とにかく幸せな気分にさせてもらえました。
K田様は葺き味噌が相当気に入ったみたいで、ご飯を大盛りで3杯もお代わりしていました!(笑)
杏のソースも美味しかったけど、意外にも気に入ったのが、菩提樹のハーブティー。
身体の疲れを癒すリラックス効果があるらしくて、これまたお代わり自由。
なるほど『リンデンバウム』(菩提樹)という宿の名前は伊達じゃないですね。
食後翌日のドリンク類を準備する為に買い出しに行き、帰ってからはK田様のシューズのクリートを交換し、自分のシューズもクリートを交換してセッティングを見直し。
それから作戦会議。
マップを見直して栂の森からゴールまでの距離を思い出した僕は、ゲート前と、栂の森の通過タイムを改めて設定しなおして、K田様の目標区間タイムを伝える。
それが終わってからはトミーさん2号が到着するまで、もう一度お風呂に入って・・・それからひたすらベッドの上でストレッチ。
トミーさんの到着は23~0時頃を予想していましたが、思いの他早くて・・・
22時半過ぎに到着!
マフラーの排気音で到着が判ってしまうあたり、非常に便利だと思えてしまう。
しかし土砂降りの中、大町付近でセンターラインのポールを引っ掛けてしまったそうで、「フロントバンパーを割ってしまった!」と到着したはいいけど、ショックで嘆くトミーさん・・・
「明日は本当に晴れるかなぁ?」
せっかくトミーさん2号が早く到着したので、改めて作戦会議を追加して・・・
0時過ぎに就寝。
朝食は6:30なので、6時間寝れると思えば睡眠は十分です。
何とかレース当日はベストコンディションで走れますように!
そう願いつつ寝るのでした。
それではまた次回!
落倉への上りで2人組みのロードに追いつくが、最近の僕は自転車でも車でも・・・
抜いた後にピッタリとついてこられたり、これ見よがしに抜き返されたりすると、スイッチが入ってしまうので、そんな自分が面倒臭いから、むやみに前を走る人を抜きたくないと思ってしまう。
心身ともに完全に病んでいるので、中途半端な速度で上られるのがものすごくストレスだったりもする。
仮にこれ見よがしに抜き返されて、スイッチが入ったところで、今度は身体が気持ちに応えてくれない現実をぶつけられると、たちまち自我が崩壊してしまう。
ねっ?ややこしいでしょ?面倒臭いでしょ?
そんな事は人に指摘されなくても、十分自覚はしています。
長年自転車に乗らなくなって失ったものは大きい。
自業自得かも知れないけど、ゼロどころか大きなマイナスからの再出発。
それが更にこの1~2年で余計に酷い現状になってしまったのだ。
自分が自分らしく走れない事、それに苦悩する自分すらも自分なのだと受け入れられない。この自分と向き合う事の辛さは半端ない。
どん底に落ちた経験の無い人には何を言っても響かない話かも知れないですが・・・
子供の頃から頼れる両親が存在しない。体裁ばかり気にして、肝心な時には知らん顔の大人ばかりに裏切られて育ち、気持ちを入れ替え社会人として新たな可能性を導き出して頑張るも、上司の都合に振り回されたり、派閥争いに巻き込まれて居場所を失い・・・。
それでも、どんなに追い詰められても、どんなピンチに立たされても、最終的に信じていたのは常に自分の力。
生まれもって自然と身についた力。
仕事もスポーツも誰にも負けないって言い切る力と自信、ピンチを切り抜ける執念。
それが強気に行動力として表れていたのは間違いありません。
そして有言実行である事も自分の誇りでした。
それが今となっては、何をやっても思うようにいかない自分が許せなくて、許せなくて、誰にも負けないくらい鍛えていた心肺能力も、持て余すほど有り余ったエネルギーも、今は人並み以下まで落ちており、唯一衰えていない筋力も、最近は筋持久力が低下した為か長く続かない。
自分の取り得だったものが無くなるって、これもどん底じゃないでしょうか?
自信の源を失ったら・・・人って、全てにおいてポジティブではなくなるものなんです。
僕が10代の頃掲げた目標は『生涯現役!』
即ち、死ぬまでチャレンジ精神を絶やさない事!です。
死ぬ時は自動車か自転車で限界まで速度を追い込んだ結果か、山で死ぬか・・・それとも人の命を救う為に死ぬか・・・
間違っても病院のベッドで死ぬようなのだけはごめんだ!って誓ったはずなのに、今何も頑張れていない自分が嫌で仕方ない。
生きている事自体が恥ずかしい、人の記憶から消えたいくらい恥だと思っています。
一度でも頂点や究極を目指したって過去は、何度も挫折とどん底を味わう事で、そういう心理状態になるんです。
今できない自分がどうしようもなく苦痛なんです。
「自分の現状を知って来年に向けて頑張る!」それって普通に考えたら前向きな考えじゃないですか?
しかし今の僕にとってはただの拷問なんですよ。
そこまで思い詰めてまで、わざわざ参加するべきだったのか?
確かに逃げるのは簡単だったけど・・・
だからといって、いつまでも現状と向き合う事を逃げていたのでは、きっと何も変わらない!
葛藤!常に葛藤!
妥協するくらいなら死んだ方がマシ。
自分の中にまだ生きているプライドと闘争本能、それを押し殺すような絶望感。そして自分の中で思い描く男の美学・・・あらゆるものがぶつかりあって葛藤している。
そして葛藤しながら走った結果、少々オーバーペースになってしまったらしい。
僕とK田様だけが試走に行くわけではなく、さっきまで僕の運転だった事もあって、今回はミワさんが自分の運転で体育館まで走って道を覚える為に、その為の道案内を兼ねて走っていた事により、尚更脚を使ってしまいました。
しかも落倉~栂池間は体育館へ侵入しやすいルートと考えて、あえて新しい道ではなく松沢経由で走った為、上りを余分に走ったのも原因です。
レース当日は体育館の駐車場までトミーさん2号を連れて来て、当日受付を済ませてから・・・
ミワさんはそのまま応援の為に、ゴンドラ乗り場まで移動の段取りです。
そしてこの日はミワさんはカメラを構えて撮影場所をどこにするかを決める為に移動する。
K田様を引き連れてスタート地点まで下山した僕は、既に満身創痍で・・・
「久々の栂池・・・ワクワクするけど、昔のように走れないのは、今下ってきただけで判断できる。走るのが恐い。」
そんな自分を必死で押し殺してスタートする。
スタート地点は第8回の頃に変更して、500m程国道148号線寄りになっている。
それまでのスタート地点は目の前にいきなり棚田の区間があって、激坂で大混戦するものでした。
そうはいっても新しくスタート地点になった場所からの上りも、地味にしんどい上りである。
以前のスタート地点だった川内神社の鳥居前までで、ポジション争いに加わったりしたら、その後の棚田区間で一気にトドメを刺されてしまう。
僕は必死にペースを抑えて走っているが、既にゆとりが全く無い。
こんなんで翌日のレースでまともに走れるのか?
以前なら余力を残して8分足らずで上っていた栂池高原の石碑のカーブ(2.3km地点)まで14分以上もかかってしまった。
そこからの緩い下りとフラットな区間では、ある程度回復してスピードが上げれるようになったけど・・・
まさかのそこで1人の参加者に抜かれて、すぐに抜き返せそうなシチュエーションになったものの、「またここでムキになって脚を使ったら明日走れなくなる。」って思って断念。
せっかくスピードに乗せて、惰力を最大限活かしてゴンドラ駅前のストレートの急坂を上りたかったのに、その人と新たに前方に現れた2人組が進路を塞いだ為、完全に失速するしかなかった。
車の往来も多かったので致し方ないが、失速した状態で上るにはペンション街の上りはダラダラと身に沁みる。
K田様は余裕で走っていますが、僕はペースを乱されてイライラ・・・
カメラ目線はいいから早く退いてくれ~って感じでした。
撮影しているミワさんも4人組か5人組の人だと思ったら、そこに僕とK田様がいてビックリしたとかで・・・
以前なら10~11分で通過していた第2駐車場前を20分で通過。
ゲート前の直線で別の参加選手に抜かれて、そのペースが自分のリズムに合っていたので、少しペースを持ち直したけど・・・
結局ゲートまで28分50秒もかかってしまった。
全盛期のタイムからは想像もつかないようなタイム。
そしてここで10年以上走りに来ていなかった事で、自分の記憶も曖昧になってきている事が判明。
ゲートまで5.6kmだと思っていたけど、実際には5.3kmで、ゲートからの残りが11.8kmが正しい距離でした。
というように、一部記憶がちぐはぐになっている箇所があって、栂の森を越えてから残り5km地点があったように記憶していたのが、実は残り4kmの前後が最後の踏ん張りどころで、それを抜けたところが栂の森。
栂の森を抜けてから残り3kmの看板が見えて・・・
やはり10年走らないと断片的な記憶ばかりなので、点と点が繋がらなくなってしまっていました。
当然記憶にあるのは当時の感覚なので、ゲートを抜けてからは楽に走れたイメージのままでしたが、これも間違いで・・・
ゲートを抜けてからの1.5kmほどの区間は、初めて走った時も地味に苦しかったはずなのに、その頃の記憶が無くなって、ある程度走れるようになってからの記憶しかなかったせいで、K田様やトミーさん2号を困惑させてしまう結果になってしまう事は、この時点ではまだ想像もしていませんでした。
とりあえずゲートまで平均時速11kmっていう時点で、後半脚がたれる事を計算に入れると、1時間40分くらいかかる計算になる。
今回の目標タイムでK田様の1時間10分は不可能ではないけど、決して簡単には1時間10分の壁は越えられないって事は、経験者として僕が一番解かっています。
それでもK田様のスピードなら1時間15分前後は確実に狙えると確信していましたので、あくまで目標として1時間10分・・・
トミーさん2号は1時間25分くらいなら確実に狙えそうなので、目標を1時間20分に・・・
僕は1時間30分切れるかどうか・・・なので1時間25分を目標にしました。
平均時速12.1kmをキープすれば可能なタイムです。
あとは当日の体調とペースのマネジメント次第でどうにかできるかな・・・。
そう考えていたので、いくらペンションから栂池高原までの道中で脚を使ったからといって、このタイムは無いだろう?
いくら途中でペースを狂わされたからって、せいぜい1~2分の問題じゃないか。
そうなると後半に向けて余力を残しても、26分程で上らないと叶わないタイムになる。
あと最低でも2分半タイムを縮めて、更に余力を残す?できるのか?
K田様と談笑しながら下るも、頭の中はパニックでした。
この日はもう1本上るとか、そんな気分になれなかったので、このまま宿へ戻って身体の疲れを抜く事に全力を尽くす事にしました。
温泉・・・
残念ながら宿の方に聞いたところ、岩岳の湯は営業期間が決まっていて、倉下の湯は地震で温泉の出る位置がずれてしまったらしくて現在休業中との事。
栂池にも温泉はあるし、昔はチームメイトと白馬乗鞍にある若栗温泉まで通っていました。
八方尾根にも温泉はいくつもある・・・
しかし、もう外に出かけて温泉とか行く元気がない。
「色々疲れてもう無理・・・。」
そう思って部屋のお風呂でしばらく寝てました。
その間ミワさんはペンション内や外の花々を一眼レフで撮影していたそうです。
インテリアとかも可愛らしい宿なので、どこを撮影しても絵になるのだそうで・・・
ちなみに自転車は宿の方が中に入れてもいいですよ!って了解を頂き、廊下に立てかけています。
そして夕食の時間がやってきました。
僕はそれすらも部屋を出て階段を下りるのがダルいと感じつつ・・・でもここの食事は楽しみにしていたので・・・(笑)
席に着きました。
前菜にピザです。
冷製ビシソワーズは大好物です。
メインはポトフでしたが、どの料理も食材の旨みを活かした調理がされていて、とにかく幸せな気分にさせてもらえました。
K田様は葺き味噌が相当気に入ったみたいで、ご飯を大盛りで3杯もお代わりしていました!(笑)
杏のソースも美味しかったけど、意外にも気に入ったのが、菩提樹のハーブティー。
身体の疲れを癒すリラックス効果があるらしくて、これまたお代わり自由。
なるほど『リンデンバウム』(菩提樹)という宿の名前は伊達じゃないですね。
食後翌日のドリンク類を準備する為に買い出しに行き、帰ってからはK田様のシューズのクリートを交換し、自分のシューズもクリートを交換してセッティングを見直し。
それから作戦会議。
マップを見直して栂の森からゴールまでの距離を思い出した僕は、ゲート前と、栂の森の通過タイムを改めて設定しなおして、K田様の目標区間タイムを伝える。
それが終わってからはトミーさん2号が到着するまで、もう一度お風呂に入って・・・それからひたすらベッドの上でストレッチ。
トミーさんの到着は23~0時頃を予想していましたが、思いの他早くて・・・
22時半過ぎに到着!
マフラーの排気音で到着が判ってしまうあたり、非常に便利だと思えてしまう。
しかし土砂降りの中、大町付近でセンターラインのポールを引っ掛けてしまったそうで、「フロントバンパーを割ってしまった!」と到着したはいいけど、ショックで嘆くトミーさん・・・
「明日は本当に晴れるかなぁ?」
せっかくトミーさん2号が早く到着したので、改めて作戦会議を追加して・・・
0時過ぎに就寝。
朝食は6:30なので、6時間寝れると思えば睡眠は十分です。
何とかレース当日はベストコンディションで走れますように!
そう願いつつ寝るのでした。
それではまた次回!
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