2021年6月27日日曜日

2021年5月下旬~6月初旬『トンデモ自転車』メンテナンス特集~その1~「えっ?こんなん直すのにそんなに時間がかかるの?」


 「なんか漕ぎ始めたらすぐにチェーンが外れるんやけど診てくれへん?」


そうやって持ち込まれた自転車のスプロケット(以後スプロケ)に注目!


何だか太い針金が絡まってややこしい事になっています。


これが悪さしてチェーンが暴れて、リアディレーラー(変速機)を変形させるような応力がかかったものと推測される。



犯人の正体はキャリア(荷台)に巻き付けていたゴムロープの先端フックだった。


これを確認した河野さんが、「後輪周りを全部外さないと直せないと思うので、少なくとも40分以上は作業時間を頂きたいのですが。」と伝えると・・・


「えっ?こんなん直すのにそんなに時間がかかるの?」って返されたそうで、その時のバカにしたような声のトーンは僕も別の作業をしながら聞いていたので、思わず「はぁ?プロが40分かかるって言ってるんだから、はい解りました!の話やろ?何なら自分で作業にチャレンジしてみるか?当然15分くらいで完璧に直してくれるんだろうな?」って言葉が喉まで出掛かって目が血走る。


アキラ君と留美さんから「店長!目が怖いです。」とたしなめられる。


買い物の荷物が多いからなのか、お客様は一度帰ってから出直すと言って去ったものの、結局はすぐにチェーンが外れて転がらなくなった為に間も無く戻って来られた。



比較的新しい自転車でしたが神奈川県の防犯登録・・・


向こうで買ってから引っ越してきたのか?

それともネット通販で購入した自転車なのか?



リアホイールを外す前にブレーキの固定を外そうとしたらボルトが舐めている。

どんな工場で組み立てた自転車やねん!って、既に嫌な予感しかしない。

この場合は8mmのスパナを使って弛めるしかない。


リアブレーキの台座を外し、次にハブナットを弛めたらリアホイールを外す。



後輪を外すとこんな感じ。



ゴムロープのフックが変形して絡みついているので、そう簡単には外せないだろうな~と思いつつ、スプロケの取り外しにかかる!



上からみたらこんな感じ。


かなり厄介な絡み方をしています。



案の定この程度のモンキーレンチでは工具の剛性不足で体重をかけても外れてくれません。



右下のモンキーレンチに替えて目一杯体重をかけてようやく外せました。



チェーンが外れた時にホイールのスポークが傷つかないように付けているチェーンガードですが、ここまで損傷が酷いと外した方がマシです。


ねっ?応力と熱で変形してうねっています。

リアディレーラー(変速機)の可動域さえキッチリとセッティングしておけば、こんなチェーンガードはそもそも不要なんです。

恥ずかしい話ですが、変速調整もまともにできない自転車屋があるのも事実ですし、ママチャリに乗っている人の多くは自転車のメンテナンスもまともにやらない人が多いので、このような部品が無いと自転車の損傷を最小限に抑える事ができないのであります。


チェーンガードなしでスプロケを装着します!


これで見た目もスッキリですね!



ママチャリのような正爪タイプの外装変速車両は、このようにチェーンを後ろに引っ張りながら後輪を差し込みます。(スポーツサイクルはピストやBMXを除けば基本的に逆爪タイプです。)


外装変速の自転車の後輪は、外す時も装着する時も変速ワイヤーのテンションを緩める為にギアはトップギア(一番重たいギア)に合わせて作業をするのがセオリーです。


ハブシャフトが引っかからないように、アウターケーブルを外側に開いて、フレームエンドにシャフトをはめ込みます。


キャリア(荷台)のステーが邪魔をしているので、ホイールを支えたままキャリアを持ち上げます。


エンドの爪にしっかりハマりました。

外装変速のママチャリはチェーン引きを使わない代わりに、変速機の付いている右側のエンドがしっかりハマった状態で右側のみハブナットを増し締めまでしちゃいます。(左側のみチェーン引きを付けてくれている親切な自転車もたまにあります。)

左側のハブナットは最後の仕上げなので指で回せる程度しか最初は締めません


もちろんその前に外装変速用の両脚スタンドを装着して、ディレーラーガード、フェンダーステー、アウターケーブル、キャリアステーの順番になるようにハブシャフトに貫通させます。



真後ろからみたらこの順番になるように・・・


それではまず右側からワッシャーとハブナットを取り付けて増し締めまでしちゃいます。


締め終わりました。

稀にフレームが歪んでいる場合を除けば、外装変速タイプのママチャリはここで右のハブナットだけを増し締めするのは鉄則です。


その状態でBB(ボトムブラケット)付近の後輪とチェーンステーとの隙間を確認します。

これは右側です。


対する左側の隙間は右側の倍程開いています。


つまり自転車のフレームに対して後輪が斜めに向いている状態です。


これから左のハブナットを指で回せる所まで締めます。


この際に忘れてはいけないのが、リアブレーキの台座は取付済みであること。



台座を固定するバンドはとりあえず連結させておかないと、ハブナットを増し締めしてからでは固定穴の位置がずれて固定できない場合があるからです。


ただし増し締めはせずに、ホイールを引っ張ると、一緒に動いて位置がずれるようフリーな状態にしておきます。(金属バンドとフレームが滑ってスライドする状態って意味)


更にこの状態でブレーキ本体とホイールを固定するハブシャフトのフレーム内側に入っている外径17mmのナットを薄口スパナで増し締め確認しておくこと。(万が一ここが弛んだ状態で組み立ててしまうと、自転車を使用すればするほどベアリング側のハブナットが弛んで、ハブ内部のボールベアリングが削れたり割れたりしてスムーズに回転しなくなる致命的なトラブルに発展するので絶対に増し締めを忘れてはならないチェックポイントである。)



左手でホイールの前方を手前に引っ張りながら(上記にあった左右の隙間の広い方に引っ張る・・・又は押す)、左のハブナットを目一杯指の力で閉めて・・・


そのままハブレンチで増し締めする。


時々左手を緩めてホイールの向きが程良く修整できているかを確かめながら、左手の引っ張り具合を調整する。


増し締め後に左手の力を抜いた瞬間の反動の有無で手応えが判る。


右の隙間に対して・・・


左の隙間は同じ幅になった!(ブレーキアウターやシフトアウターのせいで視覚的ずれが生じる場合があるので、目視だけではなくノギスなどで左右の隙間の計測もする事!)



左右のハブナットの増し締め最終確認!

弛んだら乗っている人の命にも関わる場所なので、念の為の増し締めトルク確認は必ず忘れない事!


それが終わったら初めてリアブレーキ本体を固定するバンドを増し締めして遊びを無くす!


ボルトの頭は舐めていたので、無理せず途中からスパナで増し締めをする。


次にブレーキの引き加減を調整しながらブレーキワイヤーを固定するナットを装着。


T字レンチで増し締め。


このリアブレーキはバンドタイプのドラムブレーキなので金色のボルトとナットでブレーキ内のゴムバンドの隙間を調整する事でブレーキバランスを整える。

外径8mmのナットはあくまでボルトを加締める為のナットなので、ここが弛んでいるまま放置している車輌は、ボルトごと走行中の振動で抜け欠損する事があるので要注意。


通常はブレーキ本体の上と後方の2ヵ所に調整ボルトが付属するはずなんですけど、このブレーキは1本しか付いていないので、ゴムバントが熱で変形したらきっとバランス調整が難しいだろうなぁ。


自転車の右側からバンドブレーキの裏側を覗くとゴムバンドの隙間がほぼ均等になっているかどうかを確認できる!(隙間から見える赤いのがゴムバンド)

この車両は1本しか調整ボルトが無くて、この状態が限りなくベストなセッティングでした。

更に最後は変速調整ですが、今ドライバーで指し示しているところが可動域調整のアジャスターボルトになっています。

HがHIギアの意味でトップ側の調整ボルトになり、LがLOギアの意味でロー側の調整ボルトとなります。


まずリアディレーラー(変速機)のガイドプーリーとトップ側のギアとの位置合わせをします。(この場合6段変速なので、シフトレバー(グリップ)は数字の6を示しているはずです)

トップギアの真下にガイドプーリーがあると、6段変速の場合5速と6速の入りが渋くなるので、真後ろから見た時にトップギアより気持ちガイドプーリーが外側へずれるようにセットしてあげます。


写真の場合は丁度真下にガイドプーリーがあるので、Hの調整ボルトを緩めて可動域を外側に拡げてあげます。



逆にロー側の調整はシフトレバー(グリップ)を1速にして、ローギアにチェーンをセットします。

この場合はローギア(1速のギア)の真下にガイドプーリーが来るようにLボルトを調整します。

この際にLボルトを緩め過ぎると、走行中に一気にシフトダウンしたらチェーンが外れてホイールとスプロケの間にチェーンが挟まって取れなくなってしまうトラブルに発展します。


「すみませ~ん!チェーンが外れたんですけど直せなくて~。」ってやって来る修理の大半がこのトラブルで、先程外したチェーンガードの必要性はそのトラブルの防止の為。


しかしディレーラーの可動域をちゃんと調整していて、後は乗る人が乱暴な操作さえしなければ、まずそんなトラブルになる事はございません。


このトラブルが起きる原因は、➀新車で購入した時点で調整がしっかりとできていない商品だった場合と、②走行時に右側に転倒したり、駐輪時に風などで右側に倒れた際にディレーラー(変速機)を地面に強くヒットしてエンド(ディレーラーハンガー)が変形した場合。

③最後に自転車の持ち主が、自分の自転車の構造も理解していないのに、DIY気取りで調整ボルトをいじってどこがどう変化したのかも確認しなかった場合。


以上の3つが主な原因になります。


➀と③の場合は可動域の調整で簡単に直ります。

しかし②の場合は補償外の修復作業をしないと直せませんが、最悪リアディレーラー(変速機)を新品に交換しないと直せなかったり、フレームまで歪んでしまっている場合は、それ以前に廃車する事を勧める場合もあります。


因みに今回の車両はほぼ買って間もない新車のはずなのにディレーラーが内側に少し入っています。

この場合はディレーラー本体ごと少し引っ張れば真っ直ぐになって、動きも正常になりますが・・・熟練した技術が無いと失敗してディレーラー本体を壊してしまう事があるのでくれぐれも加減に気を付けて下さい。


因みに補償外の修復や修理でもどうにもならないパターンとして・・・ながら運転で自転車同士が衝突するような事故や、歩道上のポールや電柱にぶつかったような人だと、フロントフォークが大きく変形する事がございます。

更に雨の日に猛スピードで走って、カーブなどで滑って思い切り転倒したような事故の場合は、乗るのが下手な人ほど転倒する時に逆らって悪あがきをするもので、単純に転倒による衝撃よりも、乗り手の体重や悪あがきの力で変な応力が加わってフレームが歪むことがあります。

いずれも乗っている本人は事故ったという自覚がないので、大体の場合が「すみませ~ん!なんかちょっと自転車の調子がおかしいみたいなんですけど診てもらえませんか?」って持って来て、自転車の状態が深刻である事を解っていない場合が多く、酷い人だとパンク修理とかでやって来て、自転車を見たら事故車だったりして、もはや直して乗れるレベルでないって事すら解っていない人が多いので、そこを伝えて理解してもらう事が想像以上に難しいと感じる事もある。



他に気になる所として、右のブレーキレバーが内側に入っていてシフトグリップも変速の数字が見えにくい角度になっていたので、ブレーキレバーを外側に開いて握りやすく、そして変速が確認しやすいように調整する。



このシフトグリップは3mmのアーレンキーで固定しているが、プラスドライバーで閉める奴はボルトの頭が舐めやすいので慎重に作業しましょう。

そして自転車がまだ新しい証拠に変速窓にフイルムが付きっぱなしなので、この後剥がして差し上げます。


次に・・・



これはお店によって考え方が違うのでするかしないかは絶対ではないのですが・・・

右のブレーキレバーはハンドルエンドから5cm入った位置にセットされています。
これはシフトグリップの厚みがあるから致し方のない位置です。



それに対して左側のブレーキレバーはこの通りハンドルエンドから3cm入ったところにセットされていて、左右で2cmの隔たりがある事が判ります。


通常はメーカーで組み立てた状態で来る場合などはこのセッティングである事が一般的ですが、理由は部品の隙間をつめてセッティングした方が、見た目が美しいという考え方からこうしている場合が大半です。



しかし当店は(というより僕は)左右の握りの感覚を均等にする方が操作性や実用性が高いと判断しているので、左のブレーキレバーをグリップから2cmずらしました。


左右非対称なのは、長く乗れば乗るほど身体にも影響が出て来るので、可能な限り左右均等になるようにナチュラルなセッティングをするのが当店の『絶対ルール』としています。


結局気になる所も修正して、写真撮影もしながらの作業だったのでここまでの作業に46分かかってしまいました。


実は他にサドルが真っ直ぐじゃなかったり、ヘッドが緩くてがたつきがあったので締め直しして、カゴも真っ直ぐに整えています。

更にステムも真っ直ぐではなかったので修正しておきました。

ホイールも前後とも少し振れていたのでそれも修正して・・・


結局全部で作業時間1時間かかりました。


「そんなに時間がかかるの?」って言っていた人には、この作業工程を全て見学して頂きたかったものです。