部屋は恐ろしいほどの暴風で窓も壁も吹き飛ばされそうなくらい揺れている。
深夜の星空は何だったんだろう?って思えるくらいの天候の荒れようだった。
急いで朝食会場に向かう。
これまた既に5人が席についているテーブルに案内されたのですが、昨夜のテーブルよりは雰囲気が良さげ・・・
すぐに僕も食事の準備を整えさせて頂けた。
ただ・・・このテーブルを仕切っている人がどうも・・・
恐らくその人が最初にテーブルに着いた人なんでしょう。
お味噌汁の具がほとんど鍋に残ってなくて・・・
僕の隣の人なんて自分には麩が2個しか入っていないのに僕に3つも入れてくれて・・・
他の方々も軒並み2~3個しか入っていない。
それなのにテーブルを仕切っていた人のお椀にはワカメと麩が溢れんばかりに入っている。
「えっ?何なのこの人?」
周りの人たちの反応からも、恐らくみんなそのお味噌汁の具の独占については気付いているけど、敢えて我慢している・・・というのが僕にも伝わってきたので、僕も見ないふりをすることにした。
食事の席ではリーダーシップを取れる人が必要で、特にお一人様同士が集まるテーブルにおいてはその後の協調性も求められる。
その後者をお味噌汁一杯のせいで台無しにされてしまった。
この日のリーダーはあれこれ話しかけてくれるのですが、みんなお味噌汁の事で納得がいってないのが前面に出てしまうから、ものすごく対応が苦笑い気味。
仕方がないので僕が適当に回答して他の方々に飛び火しないように、一つ一つの話について全部結論を出して、その都度解決させる。
その間に皆さんには早々にご飯を食べて頂き退席して頂く。
最後に僕が「それではお先に失礼致します。」と立ち上がって退席。
そのリーダーだけが最後までお代わりしながら、席に残って食べ続けていた。
なんで朝からこんなつまらない神経を使わなきゃならないんだ?
みんなで楽しく会話して「それでは皆さん、今日も気をつけて山行を楽しみましょうね!」って同時に解散するのが理想じゃないか?
よりによってリーダーが具を独占するとか・・・
絶対にやっちゃいかんやろそれ?
っていうかそんな人が偉そうに仕切ったらあかんやろ?
いい歳したオッサンのする振る舞いじゃないですよ。
お陰で同席したみんなが嫌な気持ちで山行に臨まなきゃならないんだ!
朝から腹が立って仕方がない!!
だから今回は2食共に食事写真の撮影すらしなかったんです。
1秒でも早く席を立ちたかった。
そのくらい今回の食事の席は夕食も朝食も最低でした。
5時半に山荘から出て涸沢カール側のテラスを撮影・・・
一瞬でレンズに水滴がついてピントが狂う。
雨ではないが粒の大きな霧というか・・・
とにかく風が恐ろしく強い!
テラスで普通に秒速10m~15m程度の強風が吹いている。
これ・・・奥穂高岳なんて登れるのか?
そして間もなく雨も降りだしてきた。
「これは最悪のパターンじゃないか!」
とりあえず普通に歩いても穂高岳山荘からジャンダルム経由で西穂山荘までが7時間半くらい(標準コースタイムは8時間15分)かかる。
さらに西穂山荘から新穂高ロープウェイの駅までは全力で走れば30分で行ける。(標準コースタイムは1時間15分)
まあ実質、奥穂高岳~西穂山荘の道は下り基調なので危険個所を迷わずスピーディにクリアすれば、概ね6時間で歩ける予想なので、1時間は貯金を稼げると考えている。
つまり8時半までに穂高岳山荘を出発すれば、ギリギリ間に合う可能性がある。
というわけで、僕は更に余裕を持たせて7時半までにジャッジを下し、本日の行動及びルートを決めようと思いました。
最悪もう一泊する覚悟です。
焦って天候がこれ以上荒れないうちに・・・と判断した連中は、慌てて防寒着やレインウェアを羽織って奥穂高に登っていく。
取り付きの岩壁が大渋滞だ!
これでは途中で無理だと判断しても引き返せないから進むしかない。
「このコンディションであんなに登って・・・死人が出ても知らねぇぞ・・・。」
そう思いながら部屋に帰る。
僕の部屋は全員出発した後で、僕だけが残って・・・誰もいなくなった大部屋を独占して少し寝る。
前日のダメージがまだ残っていたのと、冷えていたのでもうしばらく身体を温めておきたかったのである。
7時に目を覚ましたので、そこからストレッチを開始!
少しは首や肩の凝りもマシになったので、出発の準備を整える。
ほとんどの登山者は出発していたが、ロビーにはまだ出発できずに待機している登山者も多い。
また山荘のスタッフの動きも慌ただしい。
恐らく今日は何かが起こっても不思議ではないという判断からだろう。
テラスに出た。時間は7:34である。
雨は落ち着いたが霧雨がすごい。
奥穂高取り付きの岩壁が、この距離で薄っすらとしか見えない状態である。
意を決してスタートする。
次は是非また楽しい時間を過ごすために訪れたい。
取り付きの壁を登り始めた。
この時点でもう・・・とてつもない突風が吹き荒れている。
穂高岳山荘の風力発電機も壊れて吹き飛ばされるんじゃないか?って思えるくらい根元から揺れている。
普通に恐い。
はしごの辺り(標高3000m)まで登ったのだけど、その時にカメラで撮影をしようと思ったら、とんでもない突風が吹いて飛ばされそうになった。
もう何か岩にしがみつかないと立っている事も困難なくらいの暴風。
何人がこのコンディションで奥穂高岳に登ったのかは知らない。
でもこれは絶対に撤退しないと危険なレベルだと感じました。
西穂高までの縦走?・・・この状況でそれを敢えてやる意味よ。
吊尾根経由で重太郎新道を下るルートですら、死亡フラグが立つレベルだと感じました。
とにかく寒い。
そしてメガネは10秒で前が見えなくなる。
霧雨が暴風で打ち付けられて・・・だからって10秒毎にメガネを拭きながら歩くなんてありえない。
両手をフリーにしたら今度は突風の餌食になる。
じゃあ眼鏡を外して歩いてみる?
いやいや、最悪それもありだとは思うけど、目が悪いと距離感が掴めない分、滑落のリスクが急激に跳ね上がる。
この状況で乱視の人間が裸眼で歩けるほど容易いルートじゃないんですよね・・・。
結論・・・一時撤退。
そして穂高岳山荘の裏に回って、昨日登った白出沢を覗き込む。
何も見えないし・・・更に強烈な突風が吹き上げてくる。
台風の真っ只中に飛び込むような状況。
風速は優しく見て秒速20m~30m程度。
メガネは3秒で真っ白になって、前が見えなくなる。
霧雨の影響に加えて冷気を含む突風でメガネの裏側が結露するのだ。
昨日の登りで多くの下山者が浮き石を踏み崩して、ルートのあちこちが荒れているのを僕は見ていた。
それだけに・・・この3m向こうが見えるかどうかの状況で、しかも暴風と霧雨に加えてメガネが見えなくなるって事を考えると、荷継沢まで一体何時間かけて下れるんだろう?
晴れていれば2時間で行けるところをこれまた4時間以上かかったらどうする?
確実に低体温症に陥るし、どこまで標高を下ればガスと突風の区間を抜けれるのかも判らない。
重太郎橋までこの天候だった場合、難易度と危険度がとんでもない事になる。
クマはともかく、このコンディションで突入するような簡単な道ではない。
「弱ったなぁ・・・やはり今日も穂高岳山荘に泊まって、明日まで待つか?」
しかし明日になれば安心して歩けるコンディションになる!って保証もどこにもない。
もしもこの天候が夜まで続いた場合・・・明日が晴れたとしても、朝は確実に冷え込んで道は凍結するだろう。(昨年は雪が降って積雪&凍結したし、ここはもういつ雪が降って積雪してもおかしくないシーズンに突入している)
ならば可能性を見つけて、今日動けるなら動くしかない。
そこで涸沢からザイテングラードを登ってきた紳士が僕に話しかけてきた。
「こんなに風が酷いなんて思いもよらなかったよ。やっぱり奥穂高岳は厳しいのかい?」
「ええ、死ぬ覚悟が無ければ行けないレベルですよ。試しに取り付きのハシゴ付近まで登ってきたらどうですか?きっとそこで判断できますよ。」って返した。
その紳士と同じく、僕の話を聞いていた屈強そうな登山者たちも、事実を確かめに奥穂高の取り付きに向かった。
結果全員引き返してきて、「こんなの絶対に登れませんよね?おっしゃった意味がよく解りました。」って・・・。
正直それでこの方々が登っていたら、負けず嫌いな僕のハートは死んでもいいから登れ!って思考にシフトしていたと思うけど、全員が僕の判断が正しいと肯定してしまったのだから、やはり登る選択肢は消すより他に仕方がない。
紳士は「涸沢岳だったら登れるだろうか?せっかくここまで来てピークに立てなかったらもったいないでしょう?」と言う。
「そうですね、涸沢岳なら登れます。ただし絶対にピークから涸沢カールを覗き込まないで下さい。白出沢から吹き上げる突風に吹かれたら、墜落する危険性があります。あと・・・そこから北穂高岳までの縦走路は、この天候で歩くのは自殺行為です。結局こちらに戻って来なければなりませんが、涸沢岳からの下りは白出沢から吹き上げる突風に向かって歩く形になるので、メガネが役に立たなくなりますからくれぐれも注意して下さい!涸沢岳のガレ場は滑り(崩れ)やすいですので。」
そうアドバイスしながら僕の腹は決まっていた!
ザイテングラードを下る事にしたのです。
色々とルートを分析していて、涸沢カール側の風が穏やかだったのが決定打です。
しかもザイテンから登ってきた人の話だと、ザイテンの取り付きから下は霧が晴れているらしい。
時間的にもその状況が急変するにはまだ早いとみて、涸沢カールに下山する価値はあると判断したのです。
穂高岳山荘を8:02にスタート!
風は比較的穏やかだけど、霧は深い・・・
2分も進んで振り向いたら、もう穂高岳山荘が見えなくなっていた。
いよいよ本格的な下りに差し掛かりました。
僕はザイテングラードを歩くのが初めてなんです。
穂高連峰のルート内では初心者向きのルートに位置付けられていますが、滑落者は毎年出ています。
落石にも注意しないといけません。
自分の蹴ったり踏んだりした石や岩が、転がって落石となり誰かを傷つける可能性だってあるのです。
ガレ場や岩場では人が発生させる落石に注意するだけではなく、落石を発生させない歩き方を自分自身ができるかどうかも、この地を歩く資格の一つとして身につけておかないといけません。
ルートが判りますか?
遠くの方に丸印のペイントがあります。
霧で見えにくい事も多いので、冷静にルートファインディングをできる事も、ここでは必須の資格です。
僕は想像していた以上にザイテングラードが楽過ぎて、スキップしそうなくらい・・・歩けば歩くほど安心しながら進んでいます。
今日すれ違う人たちは明るくて元気な方ばかりです!
こっちも勇気づけられます。
できるだけ脅さない程度に、山頂方面の情報を皆さんにお伝えしながら下る。
「穂高岳山荘まではあとどのくらい?」
「あと20分あれば確実に到着かな?」
「え~っ!だいぶ前にあと20分って書いてあったんやけど?」
「ああ、多分それ・・・『あと少し詐欺』ってやつですよ!」
「えぇ~っ!そうだったの~?」
そんな会話も楽しいものであります。
確かにそんな情報を書いているところがあるってDVDで観た事がある。
行ってはいけない方向には×印のペイントがある。
この先を下って振り向くと・・・
だって僕がここまで下って来るのに20分かかっているのですから、ここからだと登りは30分ってところでしょうか?
書き直してあげたいくらい。
そろそろハイマツなんかも出てきたので・・・
ライチョウやオコジョに会えないかな?
ガスっている時や天気の悪い日は遭遇しやすいものなんです。
すれ違う人たちはみんな山頂の天気を心配しながら登ってきます。
ガッカリさせて申し訳ない想いで、自分がここを下るに至った経緯を伝える。
彼は最悪穂高岳山荘に泊まって、明日にでも山頂を目指すと言っていました。
仮に明日の朝に凍結しても出発時間を遅らせれば、山頂までなら往復できるだろう。
ここからザイテングラードの核心部!
といっても鉄バシゴと鎖の区間がちょっと続く程度。
鎖なんて要るか?っていうレベルなので、初めて奥穂高岳に登る人は絶対にザイテンルートを勧めます!
超楽ちんルートです。
だがしかし!
言った矢先にルートを見失ったカップルを発見!
丁度鎖区間の終わりですが、きっと×印や矢印のペイントに気付いていない様子。
「ルートはそっちじゃないよ!こっち!こっち!」
「えっ?そうなんですか?あっ!ホントだ。危なかった~!ありがとうございます!助かりました~!」
「お気をつけて!」
2人が無事に鎖場を巻いて登るのを見送ってから先に進む。
ロープ・・・要るのか?
スキップしながらでも下れそうだ。
涸沢カール・・・おはようございます!
会いたいよ~!
願わくば小脇に抱えて持ち去りたいよ~!(笑)
っていうかそろそろザイテンも終わりかな?
どうやら間違いなさそうだ!
お疲れさまでした!
穂高岳山荘からここまで48分。
すれ違う登山者全てとくっちゃべりながら・・・って考えたらチョロくない?
そうなんです。ザイテングラードは本当に楽なんです。
問題はここから・・・
ザイテン取り付きで90度左を向きます!
ここから涸沢小屋(涸沢ヒュッテ)まではひたすらガレ場のオンパレード!
これが一番疲れるのである。
相変わらずライチョウさんもオコジョちゃんも出てこないし・・・
いや・・・本当に持って帰ったりしないからさぁ~、出てきておくれよ!
とか思いながらハイマツをくまなくチェックして歩く。
ガレ場・・・足が沈み込んで歩きにくい!たまに足首をひねるから歩きにくい!
結構地味にダメージが蓄積されます。
長いな・・・ガレ場。
もう・・・嫌過ぎる。
僕が今までこのルートを見向きもしなかった理由はこれ・・・ガレ場。
今日は仕方がないから歩くけど・・・
でも初心者が歩くのは安全性を考慮して、やっぱりこのルートが一番かな。
ザイテン取り付きから上がガスって見えません。
こんなガレ場をひたすら歩いてきたら、ホンマに嫌気が差してきますよ。
砂利にして欲しいくらい。
あとどれだけ歩けばいいの?
屏風の頭が近くなってきた。
でも涸沢ヒュッテとの高低差・・・まだ2~300mくらい残ってるやろ?
真っ直ぐ左手に下れば涸沢小屋で、右手に軌道を変えればお花畑経由で涸沢ヒュッテ。
お花畑までは更なるガレ場・・・
絶対に行きたくない!(笑)
僕は迷わず涸沢小屋方面を進む。
いくらかは整備されていて、こちらの方が歩きやすい。
あの岩山の下に涸沢小屋がある。
上を見上げたら・・・あの岩は涸沢槍と亀石の真下くらいに見える大岩です。
うお~っ!
これは来て正解だったかも!
怪我の功名で紅葉散策ができるじゃないか!
前穂北尾根・・・前から気になっていたんだけど、北尾根ってどこから登るんだ?
って思ったので、帰ってから調べたら、この写真の一番右から真っ直ぐあのガレ場を登って行ったところが、『5・6のコル』という場所(5峰と6峰の間の鞍部の事)があって、そこから稜線上に沿って前穂高岳山頂まで登るらしい。
白出沢並みの強烈な急斜面のガレ場である。
こっちのルート・・・実は失敗で、ほぼ石段で一気に標高を下る感じ。
足の親指と母指球周り、あと膝へのダメージが強烈!
ダケカンバの木が無かったらやってられない感じ。
ここのダケカンバはよく働いていますね。
木の色が変わっている箇所が判るかと思います。
これって大勢の登山者が身体を支えるために掴んだ痕なんです。
だから僕はここに限らず、山で木に助けられたり、こんな木を見る度に、木をさすりながら・・・或いは手を合わせて感謝の気持ちとお礼をしながら歩く習慣を心掛けています。
多くの登山者の安全をいつも見守ってくれている木なので、感謝の気持ちを持って接して頂きたい。
ようやく涸沢小屋が見えてきた。
もう膝が笑っちゃって・・・(笑)
涸沢カール・・・綺麗。
あの雪渓の左手から登ると『5・6のコル』です。
ここまで1時間30分かかりました。
しかし困ったものです。
僕の車は新穂高の鍋平にあるのですから。(汗)
脱出ルートがこのルートしかなかったとは言え、これから上高地まで歩くのは骨が折れます。
果たして今日中に無事に車まで辿り着くのでしょうか?
では次回へ続きます!
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