2018年8月18日土曜日

穂高連峰日帰り縦走にチャレンジ!(第五話)山荘での思い出(後半)と選択肢

穂高岳山荘の夜・・・

とにかく言える事は隣のおっさんのイビキや寝息がうるさくて、なかなか熟睡が出来ず。

また、寝たと思ったら今度は1階の手洗いの扉を乱暴に開閉した音でビックリして目を覚ます・・・

ずっとその繰り返しだった。

枕と布団が薄いから首と背中の痛みも酷くなってきて寝苦しい。

深夜から出発を考えている人もいるみたいで、夜中でも廊下の方で常に何かしらガサガサと音が聞こえてくる。

マナーのなっていない人はどこにでもいるんだろうけど、最低限・・・音を殺す努力くらいはして欲しい。

そう思いながら寝ていると・・・



8月13日(月)深夜1:55頃

隣のおっさんの動きが慌ただしくなった。

こんな深夜に出発するのだろうか?

ガサガサとリュックサックの中を漁っているのだが、目的のものがなかなか見つからないらしく、とうとうヘッドランプを点けて探し始めたのである!

視線が変わる度にライトの向きも変わるものだから、部屋中乱反射して寝ている人たちには溜まったものではない!

可哀想なのは向かいの床で寝ている人たちだ。

彼らは2段目部分がないので、おっさんのヘッドランプに直接顔を照らされているような状況。

せめてやるなら壁の隅っこの方を向いて、小さくなってする作業だと思うのだけど、どうにもこのおっさんにはモラルとかマナーっていうものが欠如している模様。

僕も怒鳴りたい気持ちを必死に堪えていたが、他の方々も良く我慢したなと思います。

そしてそのおっさんが何度か廊下へ出入りしたのですが、部屋のスライドドアを最後までガタン!と閉める訳ですよ。

普通音を立てないようにするのなら、手を挟むようにそっと閉めて、最後の仕上げは更にそろりと閉めるものじゃないですか?

なんで途中まで静かに閉めるのに、仕上げがそんなに雑なんだ?

そのスライドドアのガタン!と閉まる音と振動は、当然入り口の壁際に寝ている、僕とその下で寝ている人にダイレクトに影響がある。

更には廊下でシューズの手入れを始めたようなのだけど、これもガタン!ガタン!と音を立てるしヘッドランプの光がチカチカと入ってくるのでうっとおしい!

部屋と廊下は天井が繋がっているので、僕の正面が明るく照らされているような状況がしばらく続く。

結局2:30頃に出て行ったまま戻って来なかったみたいなので、彼も夜中出発だったのでしょう。

僕は朝ご飯が5:00~なので、再び眠りについて4:20頃起床する。

まず、隣のおっさんが布団をそのままに放ったらかして出発した事にビックリ。

使った布団とはいえ、片付けやすいようにコンパクトにまとめて置くのはもはや常識。

散らかし放題で立ち去るなんて、どこまでも酷いお人だ。

しかも掛布団が氷柱の如く垂れ下がっていたようで、下に寝ているお父さんと女子高生の親子が起きるなり「なんだこれ?とうとうここまでするか!」と呆れていました。

やはり他の方々も、あのおっさんの振舞いには違和感を感じていた模様です。

とりあえず僕も起きてストレッチ!

背中と肩の動きが悪いので念入りに・・・

そして外の湧水を汲みに行く。

今回はハイドレーションパックに1.5ℓだけ汲みました。

来た道を戻るにしても下りですし、西穂高まで縦走するにしても登りより下りが多く、むしろ少しでも荷物が軽い方が動きやすいので、満タンにはしなかったのです。

そして朝ご飯の行列に並ぶ。

最初のグループで食事が出来るかな?

間に合わないと40分待ちなので、ドキドキしながら待つ。

でも無事に最初のグループで食事が出来ました。

そして今回も『お一人様』ばかりのテーブルに割り当てられましたが、今回のテーブルは最高に素晴らしいテーブルでした。

6人がそれぞれ役割分担して・・・

ある人は皆さんにお箸を回して、ある人はお櫃のご飯をよそって、それを別の方が一人一人に回して、ある人はお茶を入れる役をして、また味噌汁も同様に・・・

お互いが感謝とリスペクトの気持ちで、仲良く朝ご飯を食べる事ができて幸せでした。

醤油が必要なら、言えばすぐに近くの人が回してくれるし、おかわりの確認もきっちり聞いてくれる人ばかり。

七輪で焼いている朴葉みそを6等分して取り合うといった、難易度の高いミッションもありましたが、全員が箸を汚さない早い段階で「先に分割しましょう!」って動いて下さったので、誰も嫌な気持ちにならないで済みました。

会話も当然弾みます。

ただ話題の多くは今日の天候の見込みと、事故の可能性について。

やはり滑落事故の話でみんな神妙な面持ちになっていました。

11日の滑落死は、ピラミッドピークでの話だそうです。

しかも西穂山荘を出発して2時間も歩かないうちの滑落死。

穂高連峰縦走の中ではまだまだウォーミングアップ程度の場所です。

僕のような逆走組にとっては、間もなく西穂独標だから・・・あと少し気を引き締めて頑張ろう!っていうような場所。

確かに西穂独標でも落雷で11人が亡くなった事故もあるくらいなので、この界隈はどこも油断が出来ないことに違いはないのでしょうけど・・・。

そして昨日(12日)はやはりどこかで滑落があったのと、ヘリが救助に来ていたのは恐らく、西穂高岳の山頂付近で脚の骨を折ったというけが人がいたからだそうで、、それぞれは別件だという話でした。

毎日のように滑落事故やけが人が出ているなんて本当に恐ろしい登山道です。

今回一緒に食事をした人の多くは西穂から縦走してきた人や、上高地から岳沢~前穂~吊り尾根~奥穂~穂高岳山荘と来た人が多く、大半は涸沢カールから上高地へ戻るって人が多かった。

一人だけ昨日僕が登ってきた白出沢を下山するって人がいました。

僕の前に座っていたAさんです。

Aさんは安田団長に似ている笑顔の優しい紳士です。

初めて通る道らしいので僕のデータをお伝えして、参考にしてもらえるようにお話ししました。

逆に僕が昨日高山病になった事も加味して、本日の天候を踏まえると西穂までの縦走は絶対にオススメしない!と断言されてしまいました。

根拠はまず昨夜の大雨。

「あれだけ降ったって事はハシゴも鎖も濡れていて滑るし、スラブ状の一枚岩を歩く箇所が多い間ノ岳や天狗の頭付近は、やはり滑って滑落するリスクが多いよ。」

「あとは今日も雨の予報だから、昼くらいから雷雲の発生に気を付けないと。」

そういう先輩方のご意見が多かったので、改めて僕も「冷静に判断して無理はしません!」と誓うのでした。


時間は5:35

僕はまだ迷っていた。

山荘では奥穂高岳とジャンダルムの手ぬぐい(1本1000円)をそれぞれ購入。

三方ヶ原の戦いで武田軍に惨敗した家康の肖像画の如く、この手ぬぐいを見て自分の心の弱さを戒めよう!

そう思って下山する方へ気持ちが傾いていました。

他の方々からも下山を勧められたものの、奥穂高岳の山頂が届くところにある訳で・・・

雨と霧でコンディションは良くないけど、せめて奥穂高岳の山頂に登ってから決断するっていう選択肢はないものだろうか?と考える。

すると先ほど朝食の際に隣に座っていたBさんが声を掛けて下さって・・・

「僕は沢渡(白骨温泉)に車を停めているので、涸沢を下りますが、一緒に上高地まで行きませんか?沢渡から新穂高まで送りますよ。」なんて優しいお誘いを下さったのですが、僕が奥穂の方をずっと眺めている姿を見て・・・

「でも奥穂の山頂までだったら、この天気でも大丈夫だと思いますので、せっかくだから登ってきたらどうですか?」って。

この言葉で決心がつきました。

「ありがとうございます。もう少しで目標を見失うところでした。頑張って奥穂高を目指します!それ以降は天候を見て冷静に判断します。」

そう言って登り続ける道を選択したのでした。

それではまた次回!


穂高連峰日帰り縦走にチャレンジ!(第四話)山荘での思い出(前半)と心の迷い

山荘で3時間ほど死んだように寝ていました。

もしかしたらもうしばらく目覚めなかったかも知れません。

ドカッ!

誰かに何かをぶつけられた衝撃で目を覚ます。

「えっ?何?」

「あぁ、すいません。」

丁寧に荷物を上げればいいだけなのに、2段目に荷物を投げ込んで、それをぶつけて安眠妨害しておきながら「あぁ、すいません。」ってなんやねん?って話なんですが、僕もまだまだ気怠さが抜けきっていなくて怒る気にもなれません。

ムッとしたのは確かですが。

僕の隣に寝ることになった(最低な)宿泊者です。

目が覚めた僕は喉に異変を感じる。

以前疲労が溜まり過ぎて喉が腫れる症状で入院とか通院とかした事があるのですが、その時に似た症状。

後になってこれは高山病の症状の一つで、痰が絡んでいただけと判明しますが、喉を悪くして入院した経験のある僕は気が気じゃありません。

「明日にでも病院に行かないと手遅れになるんじゃないか?」

そんな思いで起き上がる。

まだ声は出せるので、床に寝ている人たちに「ちょっと外に出てきますので、前を失礼致します。」とハシゴを降りて廊下に出る。
床に寝ている6人のうち2名は親子、残り4名はパーティで歩いている方々のようで、仲良く会話を楽しんでいる。

時々六甲山の話題も出たりするので、関西の方か、関西まで登山目的で来たことのある方々なんでしょう。

会話に混ざりたいとも思いましたが、高山病になると本当に人との接触が億劫になるのです。っていうか本当にしんどい・・・

それでも部屋を出る時や戻った時に声をかけるのは、同じ部屋で宿泊する方々に対する敬意とか礼儀みたいなもので・・・

できたらそっとしといて欲しいくらいのしんどさだったんです。


山荘から出て奥穂高岳方面に登っている人がいたので撮影したら、自分の指まで写ってしまった。

それに気づかないくらい判断力とかが鈍っていたんでしょうね。

奥穂高岳方面は山荘を出ていきなりほぼ垂直の壁を登るところからスタートします。

現在15:19

時間を考慮すると、今登っている方々は山頂まで行って、またここに戻ってくるのでしょう。

これから雨が降るって聞いていたし、山荘の方も夕方以降は雨で荒れると言っているので、これから縦走なんて考えられないし、上高地へ下るルートですら危険です。


もちろん涸沢岳を登って北穂高岳へ向かうのも、この時間からはやめた方がいいでしょう。

基本的に15時以降は天候が崩れやすいので注意が必要です。

山荘の玄関横には有料の飲料水が湧いています。

宿泊者は無料らしいので、手に掬って飲んでみました。

「冷たくて美味しい!」

翌朝のスタート前にハイドレーションパックに給水するのには丁度いいです。

ハイドレーション付きのリュックサックは便利です。

この日の早朝はホテルで飛騨の湧水を入れさせてもらい、歩いている時はそれで背中が冷えるので、必要以上に汗をかかずに済みましたし・・・

何より穂高岳山荘まで登ってくるまでに、2ℓ入れたはずの水が残り100㎖足らずという状態だったので、本当に命の水だと感じました。

温くなった水がシリコン臭くなるのが玉に瑕ですが・・・



ところで山荘の中は随分と充実しています。

読書スペースがあったり、オーディオスペースがあったり・・・

僕が高山病でグロッキーじゃなかったら、CDを漁って好きな曲を流させて頂いたのでしょうが、もうここの雰囲気に馴染むので精一杯でした。(笑)

オーディオスペースに座っていたら、みんな僕に声を掛けたそうにしているのですが、同じテンションで返せる自信がないので、携帯をいじりながら気付かぬふり・・・。

つまんない。

本当は色んな人にどこを登ってきたの?とか聞いてみたいし、参考にしたい。

ここに来ている登山者は基本的にベテランが多いはずなので、僕としては学びたい事の方が多いくらいです。

ただ時々聞こえてくる会話は・・・

「今日も滑落した人がいたらしいよ!」

「えっ?今日も滑落?昨日も一人滑落して死んだらしいじゃない!」

「さっきヘリが飛んでたでしょ?」

「そういえば飛んでたよね?」

そんな物騒な内容の会話ばかり。

そう・・・ここってそういう場所なんですよね。

どんなベテランであろうが油断したら死と隣り合わせの登山ルート。

今更ながらとんでもない場所に来てしまったなぁ~って思うのでした。


山荘の2階廊下から、僕の登ってきた岐阜県側の景色を見ましたが、完全に雲に覆われてガスっています。

部屋に戻って17時からの夕食までもうひと眠りする事に・・・

で16時40分頃、周りが慌ただしくなったところで、僕もすぐに起き上がって食堂へ向かう。

既に食事待ちの行列ができ始めていたけど、僕はすぐに列に加わっていたので最初のグループで食事の席に着けた。

一度に食べれるのは100名くらいまでで、夕食は1グループ40分で4回に分けて行われていました。

そう考えると少なくとも300名くらいは宿泊しているのでしょうか?

とりあえず僕は『お一人様』グループへ入れられる。

お一人様で穂高連峰を歩くなんて、命知らずな死にたがり屋のする事だと思っていたけれど、これが意外にも多くて驚きました。

ただ・・・何ていうか、僕の座ったテーブルのお一人様たちは・・・何だかなぁ~。

すご~く辛気臭い連中で、このテーブルで食事をするのが凄く辛かったなぁ。

目の前の人は、同じ部屋の隣のおっさん。

つまり・・・寝ている僕に投げ込んだ荷物をぶつけて、それほど悪いとも思っていなかったあれ。

他には手洗い場で見かけた男性がいて・・・

この人は何を考えているのか判らない表情で、何度もトイレと手洗いの往復をしていた変な人。

手洗いに入る扉は錘が付いていて、開けっ放しにしても自動的に閉まるシステムになっている。

ところが女の人が開けた場合は比較的ゆっくり閉まるのだけど、男の人がバ~ン!と雑に開けた場合は毎回「バタン!」と激しく閉まるのである。

僕の寝ている部屋は、まさにこの手洗い場の真上!

だからって訳じゃないけど、僕は廊下を横切る人や、後に続く人がいるかも知れないって考えも無く、無神経に扉をバ~ン!って開けるような人は本質的に相性が悪い。

見ているだけで殴り飛ばしたくなってしまう。

山男だから仕方がないのか?

いやいや、そんなはずはない!

本物のアルピニストは他人にも自然にも気遣いができるはずだ。

という訳で、こんな辛気臭いテーブルで夕食を頂くのは不本意と言うしかない。

ただエネルギーが枯渇しているはずなのに食欲がないという高山病の症状を、少しでも早く回復させないとならない。

例え80%でも70%でもいいから、明日には歩ける身体に戻したい。

その一心で夕食を詰め込む。

ありがたい事に山荘の夕食は、不足がちの塩分を優しく摂取できる内容で・・・

なんで写真を撮らなかったんだろう?

食欲のない僕でも完食できるくらい美味しかったです!

でもここでまたイラっとする事が・・・

目の前のおっさん・・・

ご飯をおかわりするのはいいけど、お櫃に残った最後のご飯をすべて自分の茶碗に入れた後、そのお櫃を邪魔だからって自分の後ろの空いた席に置いて終わり。

「はあ?自分だけおかわりが出来たらそれでいいんかい!」

もう「その面に熱いお茶でもぶっかけてやろうか!」という怒りが込み上げてくる。

なぜならご飯とお味噌汁はおかわりが可能で、お櫃のご飯がなくなったら追加を注文できるのだ。

なので本来なら「すみません!お櫃のご飯がなくなりますけど、他におかわりの欲しい方はいらっしゃいますか?いらっしゃったら追加をお願いしますけど?」って同じテーブルのメンバーに聞くのがエチケットである。

回復の為に少しでも食べておこうと思ったけど、けったくそ悪くなってしまい、お味噌汁もおかわりせずに僕は席を立つ。

僕も相当自分勝手に生きている人間だと自覚はしていますが、こんなのは種類が違う!

自分さえ良かったらいい!なんて言うのは絶対にあってはならない!

誰にでも平等に権利がある。

周りに気遣いが出来ない大人ほど見苦しいものはない!

本当にイライラして、もう一度外で深呼吸・・・って思ったら、雨が降り始めてきた。


時間は17:13

写真は穂高岳山荘の長野県側にある涸沢カール。

僕は以前、穂高連峰の事を何も知らなかった頃は、上高地の河童橋から見えるあのカールが涸沢カールだと勘違いしていました。

あれは岳沢カールで、涸沢カールはその裏側にあります。

この涸沢カールは日本最大のカールとも言われており、周りを3000m級の山々に囲まれたダイナミックな景色が人気です。

ここからも涸沢小屋や涸沢ヒュッテ、その中央に立ち並ぶ無数のカラフルなテントが確認できます。

ここの雪渓の雪解け水が梓川の源流となっています。


右に奥穂高岳の壁、その向こうに一瞬雲の切れ間ができて、前穂高岳の一部とその北尾根の姿が確認できました。

方角的に言うと、ここから見て前穂高岳の右に岳沢カールがあり、前穂高岳の向こうに明神岳がある感じです。


まだ奥穂高岳から下山してくる人がいます。

こんな時間までよくご無事で。


このまま高山病が治らなかったとして、新穂高に車を駐車している事を考えると、またこのガレ場を歩かないとならない・・・かも知れない。

少なくともこの時点で僕は、「こんな道、二度と歩きたくはない!」と思っている。


夕食を食べて幾分か楽になった今だから、冷静に登ってきた道のりを確認出来る。

こうやって改めて印のある岩を見れば、九十九折の階段状に道が整備されているのが、何となく見えるでしょ?

冷静になって見ても、歩きたくない道に変わりはないのだけど・・・。


こんな道を歩くくらいなら、明日は滑落して死んでもいいから西穂高岳を目指して進む?

随分と悩むところだ。

僅かに奥穂高岳山頂のシルエットが見えてきて・・・

「まさかここまで来ておいて、山頂に登らないつもりか?」と言われているような気分になる。

この後部屋に戻って再び寝る。

しかし何度も飛び起こされる。

廊下をドンドン歩く奴が多過ぎる!

ただでさえ軋む廊下なので、僕なんかは出来るだけ静かに歩こうとしているのに、何でここに宿泊している人の中には、ゴジラのように地響きを立てて歩く輩が存在するのか?

いささか人間性を疑ってしまいそうになる。

そして手洗いの扉の開閉音!

やはり真上の部屋であるここには壁伝いに音だけではなく振動までダイレクトに伝わってくる。

熟睡が出来ない。

そうでなくても高山病になった影響で、寝付くまでが時間がかかる。

一度は1階の手洗い場まで行って、「すみません。ここの扉、もう少し優しく開け閉めしてくれませんか?上に寝てると響いて困るんです。」って、注意しに行って、その場は良かったのですが、結局宿泊客の人数を考えると、全てに行き渡る話でもなく・・・

そして留美さんから高山病の問診票がメールで送られてきた。

回答して判断できたのは、高地肺水腫になる恐れがあるという結果。

死亡のリスクがまた増えてしまった。

でその後留美さんから「そこ(穂高岳山荘)って診療所があるんじゃない?」ってメールが来て、「そんなの知っているなら早く教えてよ!」とばかりに1階へ降りて行ったのですが、同時に消灯時間になってしまい・・・

診療所のお世話になる事は出来ませんでした。

山荘はソーラーパネルやプロペラを使って発電しているようなのですが、やはり電気も貴重なので早めの消灯です。

それから間もなく・・・

ドカ~ン!という衝撃と振動、ゴロゴロ・・・という雷の音がほぼ同時に何度も・・・

標高3000m・・・ひとたび嵐になると外は地獄です。

落雷の衝撃と音が同時なんて初めての経験です。

風のうねる音も暴力的で、雨の勢いも恐ろしく強い。

「これって明日はどの道を選んでも危険なんじゃないの?」って不安しか頭に浮かびません。

しばらくすると嵐は去って行きましたが、明日は雨が続くとも言われています。

正直怖くて怖くて不安でした。

滑落、高山病、落雷・・・

いったいどれだけのリスクが待ち受けているんだろう?

僕は一度やるって決めた事はやらないと気が済まない性格なので、本来なら意地でも縦走してやるぞ!ってなるはずなんですが、今回ばかりは死ぬ確率が高いって本能的によく判るので、ずっと自問自答ばかりしていました。

命を顧みずに意地を通しきるのか?

限りなくリスクの低い道を選択して、無事に生きて帰る事を優先するのか?

ものすごく迷いました。

次回はいよいよ決断が迫られます・・・ではまた!

2018年8月17日金曜日

穂高連峰日帰り縦走にチャレンジ!(第三話)どこまでも見えない目標と高山病の恐怖


重太郎橋から穂高岳山荘までが標高差1000m。

つまりはここからが本格的な直登ルートになる。

今年に入ってからケガやらモチベーションの問題でトレーニングなんてほとんどサボっていたから、この時点でも既に疲れは溜まっている。

写真で見たら更にV字谷が分かれているのが判ります。

道は左へ逸れて鉱石沢の方へ巻きますが、途中で沢のガレ場を渡って中州へ入ります。

中州の原生林を抜けると次のチェックポイントが待っています。


ところどころ岩の壁を登る箇所があります。

雨の日は滑りやすいので鎖やロープも用意されています。

この辺は2か所くらい「鎖があって助かった。」と実感できる箇所があります。


後方の河童君の動きが気になってきました。

僕が重太郎橋で約10分休憩していた事を考えても、彼は相当なスピードで登ってきています。

10分の差だったら、さすがに誰かがついて来ているのは気配や音で判ります。

僕が「えっ?そんなすぐ後ろにいたの?」って本能的に疑問を感じたくらいなので、きっととてつもないペースで追いつかれたんだと思います。

そうなると水浴びが終わったら、またとんでもないペースで追いつかれてしまう。

僕は追われるのは苦手です。

子供の時から何をやるにしても『スピード至上主義』で、速さこそ正義!強さこそ正義!っていうのが根付いてしまっている。

他人に抜かれるって事が本能的に許せない性分なので、頭の中では「今の自分には以前のようなスピードも体力も無いんだから、無理せず自分の体調をマネジメントする事を優先するんだ!」って理解していても、追いつかれたり抜かれたりすると本能的に怒りとか苛立ちが湧いてきて、身体がペースを上げようとしてしまう。

自転車に乗っていても車に乗っていても同じ。

僕の中の概念として『圧倒的なスピード!』『負けは恥!』というインプットが、この年齢になってもまだ抜けていないので、こういうシーンにおいては非常に面倒臭い。

自分のペースで歩けばいいはずの登山において尚、僕は追われるストレスと闘わなければならないのだから。


後ろを振り向いて、こんな道なき道で誰かに後ろから追われてるなんて、考えただけでストレスになります。

物心ついた頃から僕はず~っとそんな人間でした。

「あいつはここらで一番ケンカが強い。」とか「足の速さであいつに勝てる奴はいない。」とかって話を聞かされると、「だったら俺と勝負しろ!」ってすぐに熱くなるタイプだったので、小学生の頃担任の先生に「そんなに何でもかんでも人に負けるのが嫌いだとか、勝たないと気が済まないとか言っていたら、みんな怖がって近付かなくなってしまうよ。それでもいいの?」って諭されてから、随分と我慢は出来るようになりましたし、中学2年生の頃まで4年ほど座禅教室にも通って、そのお寺で自身の精神をコントロールする為の修行体験とかもしていましたが、それでも本質なんてそうそう変えれるものではないでしょ?

自転車だって誰にも負けたくないし、昨日の自分に勝ち続ける為に走っていた訳で、常に記録を更新しながら走る事だけが生き甲斐みたいになってしまって・・・

それが社会人になってしばらくトレーニングが出来なかっただけで、タイムが落ちてしまって・・・それが原因でモチベーションを崩した時が一番辛かったかな。

常に進化していないと気持ち悪いんですよね。

今でも老化なんてしたくないし、これ以上衰えるくらいなら死んだ方がマシだと思っています。

仕事も売上や業績、個人成績が更新できなかったらイライラします。

そんな性格なんで、自分でもコントロールするのに疲れる時があります。


そんな時にこういった高山植物が心を癒してくれます。

これはホタルブクロかな?

心乱れた時は花で癒されよう!


右手に白出大滝が見えてきました。


滝も癒されます。

実際沢沿いの道に出てから一気に気温も下がりました。

疲れているからそんなに実感が湧かないだけで、確実に涼しくなって過ごしやすい。


滝壺まで行った人のブログを見た事がありますが、復帰がものすごく大変だったそうで、この沢を降りるのはお勧めできないとありました。


あの雲の向こうにジャンダルムがあるはずなんです。

この日の山の天気は曇りなので、標高2800mより上の景色はなかなか見えません。

ちなみに今僕が歩いている地点で既に標高2000mを超えています。


河童君は今のところ気配を感じません。


鉱石沢に出てきました。

これからあの沢のガレ場を斜めに登って中州へ移ります。


ガレ場で下山の方とすれ違いました。

下山者の向こうに道が見えますが、まだ河童君は来ていません。

この先、下山する登山者とのすれ違いが増えてきます。


鉱石沢の指標が見えてきました。

あの赤いリュックの方も下山です。

後で知った話ですが、白出沢ルートは(急斜面につき)マイナールートらしくて、ここを登る人は少数派なんだそうです。


中州に入ったところでいきなり鎖場の岩壁を登り・・・


その後はこんなハシゴや、木の根っこに手足をかけて登るような原生林の急斜面がしばらく続きます。


これは何て花だろう?

花の色から見てマツムシソウかな?とも思ったのですが・・・後で調べた結果、恐らくタテヤマアザミじゃないかと思われます。


白い花が咲き始めているのはショウマの仲間かな?

なんだかツリガネニンジンの花みたいな形をしているけど・・・


ようやく荷継小屋跡(標高約2210m)に到着した。

時間は7:35と、予定時刻に5分遅れにまで迫った。

重太郎橋で10分休憩した事を考えればここの2分短縮は相当頑張ったと思う。

写真左の青いウインドブレーカーの人は僕より前を登っていた人。

丁度ここで追いついたところです。

指標の向こうには下山のカップルが座っています。

ここでまたV字谷は2つに分かれている。

左は荷継沢だが、僕が向かうのは右の沢(V字谷)である。

このルートはここからが最も地獄なんです。

実際に鉱石沢を過ぎた辺りから徐々に息切れが激しくなって、今も呼吸が乱れているのが自覚出来ます。

両膝に手を突いたらもう、しばらくは動きたくないって言うくらい倦怠感があります。

そんな時に後方から迫ってくる気配を感じました。

河童君です。

もう僕の30m後方まで追いついてきました。

「速いなぁ~。しかしあの服装(しかもびしょ濡れ)でマジで奥穂高方面へ登る気なのだろうか?」って思いながら、彼が抜き去るのを見送る。

さすがにペースが合わないので、近くを歩かれると余計に疲れてしまう。

ところが彼を先に行かせたのは僕の失策でした。

本来のルートは写真で言うところの荷継沢の指標の先・・・中州の森の手前に赤いリボンがあったのだけど、河童君はどうやら道を知らないらしく、何度もキョロキョロしながらお花畑の方に向かっていったのである。

そして僕も既に正確なルートを探し出す判断が出来なくなっていたみたいで、河童君について行くような形で最後の沢に向かう。

最後の登りは右の沢に入ったら、とにかく左寄りに登って行かなければ、整備された道が見つからない。

あくまで、ここで言う整備された道とは、ガレ場の浮石などを可能な限り動かないように固定して、いくらか歩きやすくした程度の道であり、誰にでも歩きやすい道という意味では決してないことをご理解頂きたい。

ただ整備されていないガレ場は、それ以上に歩きにくいし危険である。

足場がすぐに崩れるのでとにかく進まない。

自身が落石に注意する事も必要だが、同じく自身が落石を発生させない努力もしないとならない。

他の登山者もいるので当然の義務である。


頭が朦朧としてきた僕は「もう引き返したい。」「もう歩きたくない。」そう思うようになる。


本当ならもう少しショートカット出来たはずなのに、無駄な遠回りをして更に歩きにくいルートを選んでしまった。

これでも沢登りとかは経験があるので、崩れにくいところを見つけて歩くのはセンスが良い方だと思っている。

ただ・・・徐々に判断能力が曖昧になってきているというか、自分自身に違和感を覚え始めている。

河童君は写真より右をキョロキョロしながら歩いている。


8分程歩いて振り返ると荷継小屋跡があんなに遠くに見える。

僕より先に荷継へ到着したおじさんはまだ休憩をしているようです。


このルートを通って、最も辛かったのが蜂!

ずっと数種類の蜂に付きまとわれて、ものすごく精神的ストレスになった事は言うまでもない。

このストレスは実に穂高岳山荘まで残り15mのところまで続く事になる。


「そりゃ高山植物も豊富だから蜂も住んでるわなぁ~。」とは理解できるが・・・


ようやく歩きやすい道を見つけてホッとするが、この先〇印とか矢印によるルートの印が判らない区間が続いて、やはりまた苦労することになる。


荷継から30分歩いたが、まだ本日の予定の中間ポイントである穂高岳山荘は見えない。

というか完全に雲の中である。

写真だと角度とか遠近感とか判りにくいだろうけど、これ・・・かなり見上げて写真を撮っています。

この辺からだと残りの標高差は700mくらいでしょうか。

直線距離にしたらものすごく近いはずなのに、ものすごく遠く感じます。


振り返ったら30分でまだこれだけしか進んでいません。


更に6分歩いて・・・どんどんドツボにはまってしまい、なかなか進みません。

出来る限り大きくて安定した岩を頼りに歩いています。

目標が見えないって事が尚更疲れます。


更に10分・・・

まだまだ景色が変わりません。

近いのに遠いってストレスです。


15分後、右手には雪渓が少し残っています。

念のために言いますが、これも見上げるように撮影していますから、現実はもう少し傾斜は急です。

この先には更に大きい雪渓が見えています。


後で判った話ですが、ここは右へ行けば行くほどルートから外れます。

雪渓が見えて、無意識にそれを目標に歩いてしまったみたいです。

この辺りの崩れやすいガレ場を頑張って、左へ軌道修正していたら・・・きっとダメージは最小限に抑えれていたに違いない。


これがリアルな傾斜角。

ガレ場が崩れたら危険なのが伝わりますか?


1時間歩いてやっとこの位置です。

時々雲の切れ間から笠ヶ岳が見えるのですが、写真を撮ろうとすると・・・

意地悪な雲です。


まだ見えない目標に嫌気が差してきた。



もう花を見ても「あっ花だ。」っていうくらいのリアクションしか取れない。


2つ目の大きな雪渓が見えてきた。

しかし、この写真を撮った時に気付くべきだった。

実は左手の崖に〇印があったのだ!

ここで気付けなかったのは、僕が既に急性高山病に罹ってしまい判断力が低下していたからなんですけど、やはり雪渓に引き寄せられた部分も大きい。

ただ正面の●印は見えたので、そちらには向かう事が出来たのだけど・・・


「この印意味あるの?」

そう思えるくらい周りのガレ場は歩きにくい。

結局自分の感覚を頼りに、右へ右へ(逆方向)とルートを辿ってしまう。


何か住んでいそうな雪の洞窟みたいになっています。


これスターウォーズとかだったら、絶対ヤバイ生物が住んでたりするあれだよね。


ここで2つ目のおむすび休憩。

とりあえず座れそうな大岩を見つけて身体を固定する。

平衡感覚がおかしくなって、座っていても足を踏ん張るところがないと不安になるのです。

それにしてもお腹が空いているはずなのに、おむすびがちっとも喉を通らない。

蜂が付きまとってうっとおしい!

気分が悪くなったので、おむすびを半分残して再び歩き始める。

時間はもうすぐ9:00になろうとしていた。

予定ではあと30~40分で山荘に到着しなければいけないのだけど・・・


一瞬だけジャンダルムが見えた。

しかしカメラを用意した途端、雲に隠れてしまった。


ようやく正規のルートに合流して歩いているが、もうフラフラである。

これは今登ってきた方向を撮っていますが、とうとう下からも雲が上ってきました。

さすがに一気に気温が下がったのでウインドブレーカーを羽織る事にしました。

写真の右手に『カギかっこ』のような印が見えますか?

あれは印のある岩の前後付近で左に曲がれという意味なんです。

この辺で足元の岩に『1.30』って書いていたけど、これはどう解釈知ればいい?

登りがあと1時間半なのか、ここから1時間半下ったら荷継って意味なのか?

「判断するのも怠いし、もうホンマにしんどいわ。」って思いつつも、上から下ってきた下山者に「すみません!山荘まであと時間的にどのくらいですか?」って聞いてみたんですよ。

ところが「えっ?まだまだ先やで!」って返されて・・・

「いや・・・俺、今残り何分くらいで着くかを聞いてんけど・・・まだまだ先ってなんやねん?嫌がらせか?」と、さすがにムッとしてしまった。

高山病になると本当に人と話すことも億劫になるのだけど、それでも僕は僕で必死にすれ違う人にあいさつをして、下山する先の道の情報も聞かれた事には丁寧に答えているので、こんな横柄な回答をされるとさすがに腹が立ってしまう。

ちなみに写真の向こうに見えるアイツがそうです!(笑)


上を見上げたら新たに2人連れの親子が下山してきたので、彼らにもう一度質問してみることに・・・

「そうですねぇ~。ここから登りだと30分では厳しいかな?でも1時間あれば大丈夫ですよ!」

そう言われて愕然とする。

「まだ1時間近くも登らなきゃならないのか?」って。


そこから更に30分登ってようやく白出のコルが見えてきた。

平らな部分の右側にプロペラのようなものが見える。

きっと穂高岳山荘の施設に違いない。

ここまで本当に何度挫けそうになったかわからない。

ヘリの飛ぶ音が聞こえて「誰か滑落したのかな?」とか思いつつも、「どうせなら俺も救助されたい。」とか、写真撮影の際に平衡感覚が狂っているので、ふらついてバランスを崩しそうになる事も多々あって、「このまま転がり落ちたら、この苦しさから解放されるかな?」等と考えるようになっており、今思えば相当危険な状態になっていたと思います。

そのくらいここのガレ場の登りは苦しかったです。

生まれてこの方味わった事も無いくらいにとても苦しかったです。

自分の弱い心と闘う事がここまで苦しいなんて。

ただひたすら「一度登ると決めた事だから・・・。」「これで登れなかったら一生恥を背負い続けて行くことになる。」それを思い返しながら登り続け・・・


あんなに大きかった雪渓があんなにも小さくなってしまった。

とにかく自分には登るしか選択肢がないので、あきらめずに進む。


またガスってきて目標の距離感がつかめなくなってしまいました。

もうすぐ11時になってしまうというのに・・・


何度も大岩に両手を突いて、後ろに転がり落ちないようにバランスを整えながら、更に15分歩いてようやく山荘の端っこが見えてきました!

プロペラの音と蜂の羽音が区別できないくらいに疲れ果てていましたが、やはり蜂は蜂でこんな場所まで僕を追いかけてきていました。

蜂のお陰で何度か錯乱しかけましたが・・・


無事に穂高岳山荘に到着しました。

標高2983mだっていうのに、人が多くて驚きました。

時間はこの時点で11:16と絶望的です。

新穂高から7時間も歩いた事になる。

六甲山系全山縦走を8時間以内で歩いていた僕が、たった11kmの登りを7時間。

体力が落ちて、体重も増えて、高山病に罹った事を加味しても随分と遅かった。

午後は荒れると聞いているので、15時までには西穂独標を越えていないと、落雷のリスクも増してくる。

それにこの時はゾンビのような足取りだったので、気分が悪いままこの先へ行ったら確実に死ぬと思ったし、来た道を下山する気力も湧かない。

中途半端に時間があるだけにどうしていいか判らない。

ただ言えるのは気分が悪くて、これ以上は判断能力が低下する一方だという事。

日帰りでのチャレンジだったけど、ここで1泊する事が正しい判断に違いない!

そう信じてチェックイン。

1泊2食付き9800円は高いか安いか?

そういう問題ではないが、部屋は相部屋で布団と枕は薄っぺらい。

とてもじゃないが快適ではない。

それでも僕の選択が間違いじゃなかった事は、生きて帰ってきた今だからこそ確信を持って言える。

チェックインして2階の部屋を案内される。

部屋名は『御岳』

なんて縁起の悪い。

僕には冬の御岳で遭難して凍死しそうになった思い出がある。

嫌いな山だ。

しかも指定された寝床は床ではなくハシゴで登った2段目。

力を振り絞って上り、荷物を置く。

布団を敷くのも気分が悪いので大仕事だ。

ようやく布団を敷いて、荷物を壁際に並べて横になった瞬間。

吐き気を催して起き上がる。

こんな客室で吐く訳にはいかない。

荷物の中にはビニール袋もあるが、食べ残しのおむすびが入っている。

そこに吐くなんて罰当たりな事は出来ない。

下手に動いたら一気に吐き出しそう。

必死に集中力を戻して耐える。

何とか胃液だけで抑える事ができたので、落ち着いたうちに1階の手洗いまで急ぐ。

そこで胃液を吐いてホッとした。

うがいをするにも水が貴重な場所なので、ロビーでペットボトルのドリンクを買う。

『塩と夏みかん』っていう、PONジュースと伯方の塩がコラボした商品。

これがまた美味しくて生き返るような気分だった。

実際に今思えばこれで回復が早まったんじゃないか?って思えたりする。

では続きは次回!