2022年7月7日木曜日

東京五輪応援の旅7月28日(水) ~その2~ 女子個人タイムトライアル・・・自転車王国の執念を見た

 


レースは11:30開始ではありますが、個人タイムトライアルは3分置きに一人ずつスタートするスタンスなので、出走順毎に各々がウォーミングアップを始めます。

トップでスタートする選手が10:40頃から固定ローラーを回し始めました。

僕が富士スピードウェイに到着してから約2時間半後の話です。

ようやくパドック内と報道陣の動きが慌ただしくなってきました。


場内には空撮部隊のヘリの音も複数響いています。

まるでこれからF-1の予選中継でも始まるかのような空気で、観ているこちらまで緊張感が伝わってきます。

さっきまで山への未練が抜け切らなくて、内心「もう五輪の観戦で夕方までここに缶詰めにされるなんてマジ怠いんですけど~。」などと思っていた僕ですが、ようやくレース観戦に集中したい気分に切り替わってきました。


ローラー台ではなく実際にフリー走行で身体を温める選手も出てきました。


巨大スクリーンには本を読んでリラックスしている選手の姿も映っています。

タイムトライアルという競技の性質上、精神統一も大切なルーティーンだと言えます。

選手各々が自身のパフォーマンスを100%発揮する為に準備しているのが見れるのって貴重な体験だと思いませんか?

僕もレース前にはストレッチやアミノ酸の摂取、更には周りの選手の顔ぶれを見て、スタート直後にどんな展開になるかを予想し、その際に自分がどのラインで走るかを3通りか4通りくらい想定して、その先のコーナー或いは激坂にトップで侵入するにはどのパターンが理想的で、そうでない場合はどこで仕掛けたら挽回できるかをイメージするようにしていましたが、それはマスドスタートレースの場合の話であって・・・

タイムトライアルの場合、混戦はしないのでコースの特徴さえ把握しておけば、どこでどのギア設定でケイデンス(回転数)をどの程度に維持して・・・「ここの上りは気分転換にリズムよくダンシング(立ちこぎ)を入れてみようかな?」とか、コースを如何に効率よく走ろうか?ってシミュレーションが大切になってきます。

意外と戦略的な要素が多いので、どの区間でどんなギアを選択するかなど、あれこれシミュレーションしている瞬間は、それによってどの程度のタイムを狙えるかって期待も膨らんでくるので本当にワクワクして楽しいし、集中力が高まっていくのが自分でも感じられたりします。

例えば僕も現役の時にやっていた事なのですが、ヒルクライムやタイムトライアルの際にハンドルやステムにカンペを張り付けて走る選手もいます。

走り慣れたコースの場合はコースを区間分けして、各区間タイムを設定してカンペにします。(人によっては使うギアやケイデンスを書いている場合もある)

それを見ながらタイムの貯金や借金といった計算をしながらペースコントロールができるので、なかなか効率的に走れたりするものなのです。

そういったレースの裏側について書いている記事とか最近の自転車情報雑誌でも見る機会が少なくなったように思いますし、ある一時から自転車人口が急激に増えたものの、ロードバイクやクロスバイクの見た目とかブランドとか、自転車で食べに行けるお洒落なレストランやカフェの特集とか・・・ビジュアルばかりが独り歩きしてしまって、肝心な自転車レースにおける人間臭さとか歴史やロマンについては随分とすっ飛ばされたんじゃないかな?って思う事が少なくありません。

だから尚更かも知れませんが、自転車屋なんて経営しておきながら、今どきの自転車乗りを見ていて違和感を感じる自分がいるんですよね。

どうにも軽薄というか、スポーツバイシクルは単なるファッションアイテムのような扱いで、そのくせ整備にお金をかける訳でもないので自転車に対する愛着が感じられない。

整備で持ってくる自転車とかよく見たらドロドロでガタガタ、錆だらけだったりするものが多い。

そのうえネームバリューや価格にばかり囚われて、分不相応な自転車に乗っている人も増えた気がします。

最悪なのが高価な自転車を買わされたにも関わらず、購入店の知識や対応が不十分なケースも多く、サイズの合っていないロードバイクに乗っている人や、セッティングの合っていないまま乗っている人なんていうのもよく見受けられます。

またウェアとか形から入っている人も多く、一見速そうに見えたり玄人っぽく見える人も多いのだけど、じっくりと走っている姿を見ていると手信号などの意思表示ができない人や、周りに気遣いのできていないライダーも少なくはない。

しまなみ海道などにグループで走りに行ってレースまがいの暴走をしている連中もいれば・・・

道を譲り合ったり、声掛けをしたりといった事を苦手とする『内向的なライダー』も随分と増えたように思えますしね。

それだけにレース会場でこういった選手たちの人間臭さを身近に感じられる映像はとても良いですね!

何度も言いますが自転車はファッションではなく文化です。

自転車ロードレースはヨーロッパにおいて150年以上の歴史があります。

選手たちのジンクスに対する考えやルーティーンといった行ないについては国によっての違いや、地方によっての違いもあって、知れば知るほど面白いものだったりします。

日本人選手と欧米人選手の補給食や、そもそも朝食の違いなど、身体の作り方が外見的なものだけではなく、内面から根本的に違う事なども学んでいけば、もっとロードレースの楽しみ方も幅広くなると思うので、実際にヨーロッパのチームで走っていた選手OBのコメントなども参考にしてもらいたいなぁ~と思う事が多々あります。


そういう意味では五輪に限らず、わざわざ自転車レースを観戦しに来る人って、その辺の知識は勿論の事、少なくとも自転車文化を愛する人が多いと思うので、業界的にも最も大切にしないといけないファン層ですよね。


いよいよレースがスタートしました。

このタイムトライアルのスタート台って、上ってスタンバイする時はものすごく緊張します。

係りの人にサドルを支えてもらいながらペダルのビンディングを装着してスタートの準備を整えるのですが、そこからカウントダウンに入った瞬間、呼吸を整えて瞬時に集中力が高まるんですよね。

このスイッチが入る瞬間の充実感ってたまらなく心地良いんですよ。


第一走者がスタート!


スタート地点はホームストレートのはるか向こう!


遠過ぎて観客席からは見えません!


観客席の一番端まで行きましたが、それでもこんなにスタート台が遠く・・・


望遠ズームでようやくこんな感じ。

この時僕が歩いてきた途中で、まさかのペーター・サガン選手が観戦に来ていたそうですが、僕は気付かずに撮影に夢中になっていました。

最近のロードレースで僕の推しの選手ってそんなにはいないのですが、すでにベテランの域に入っているペーター・サガン選手は数少ない好きな選手の一人だったのでお会いできなくて残念です。

彼はアマチュアの頃にシクロクロスやマウンテンバイクのレースでも活躍していた経歴があるからだと思いますが、バイクコントロールがとにかく卓越していて、そういう選手のライディングって見ていて楽しいものです。


いったん会場から走り出した選手にはオフィシャルカーがついて走り、常にこのような実況がモニターで確認できます。



個人タイムトライアルは中間タイム計測ポイントが複数あるので、登坂中心の区間とスピードの乗ってくる平地中心の区間とで選手個人の得手不得手を事前に知っておくと、より楽しみ方が解って面白くなる。

日本では馴染みの薄い女子ロードレースの場合、選手の詳細な情報は少ない。

そういう情報が少ない場合は、身体が小さくて華奢な選手は基本的に登坂に強く、大柄でリーチの長い選手はパワーとスピードがあるので平地に強いというのが一般的な見方となる。

理屈はこうだ・・・

小柄な選手は自転車と体重の総重量が軽いので、軽さこそが正義ともいえる登坂では圧倒的にアドバンテージが高い。



逆に大柄な選手は重量が重たい分、一定速以上に加速をしたら速度が伸びやすい。

特に下り区間では重力加速度も味方してくれる。

何より手足のリーチが長い分、重たいギアもテコの原理を活かしてガシガシ踏んでいけるので、風の影響さえ考えなければ平地では圧倒的に有利である事が容易に想像できます。


言っているうちに最初にスタートした選手から次々にサーキットに戻ってきます。

女子の個人タイムトライアルは22.1kmの距離なので、起伏に富んだコースである事を踏まえても30分台前半のタイムで争われる事は確実です。


選手が戻って来ると観客席からも歓声と拍手が響きます。


ピットロードから入ってサーキットを1周したらゴールです。


スタートは3分おきにしているので、会場(サーキット)に戻って来た時に前の選手との間隔を見たら後ろの選手がどのくらい速いのかが判断できます。


そんな訳で最初にスタートした選手たちが会場に戻ってきたタイミングで、まだスタート待ちの選手もいるという光景。

ただし後半スタートの選手ほど優勝に近い選手ばかりなので、言ってみたらある意味ここからが本番!


ここで大きな歓声と拍手が!

日本代表の与那嶺選手がゴールするみたいです!


34分34秒~35秒付近でゴールしたっぽいのですが、ゴールアーチの電光掲示板には前にゴールした選手のタイムから切り替わらず・・・

五輪ですから一切の贔屓もしてはならないフェアな国際試合ではありますが、せっかくの自国開催なんだから・・・自国の代表選手の頑張りをもっと盛り上げて欲しいですよね?

ちょっとこの時の電光掲示板係にはモノ申したい気分になりました。


本調子を発揮したとは到底思えない結果だったかも知れませんが、3日前にロードレースも走ってますので・・・よく頑張ったと思います。


観客席からも大きな拍手と声援でその走りを労いました。


与那嶺選手お疲れ様です!


レースの中盤以降は33分を切るか切らないかってタイムで競い合っていたのですが・・・


レース終盤はいよいよ32分台や31分台のタイムを叩き出す選手も出てきて会場が盛り上がってきました。


アメリカのネーベン選手がそれまでのトップタイムを1分11秒も更新して31分26秒でフィニッシュした瞬間。

会場には大きなどよめきが・・・と思ったら。


そこから間も無くオランダのファンフルーテン選手が更に1分12秒以上も更新して一人だけ異次元のタイムでフィニッシュ!

まるで花火大会でも観に来ているかのようなどよめきと歓声のオンパレード。

途中経過でもファンフルーテン選手の怒涛の走りは紹介されていたけれど・・・

一人だけ30分13秒なんてタイムを叩き出すとか・・・

3日前のロードレースでは・・・優勝したつもりでゴールしたら、実は伏兵の選手に先にゴールされていた・・・っていう経験をしたばかりなので、ここぞとばかりに女王の力を見せつけて雪辱を果たした!って感じでしたね。

その後に出走していた5選手も速かったのですが、ファンフルーテン選手のタイムが圧倒的過ぎて誰も更新できずにレースは終了!


ファンフルーテン選手が表彰台に向かっています。


他の2選手はまだです。


銅メダルを獲得した同じオランダのファンデルブレーヘン選手は自転車ではなく自分の足で走ってきました。

ファンフルーテン選手の自転車はキャニオンか・・・

卸業者(一応キャニオンジャパンという名前で日本向けの代理店は存在している)や販売店を介さずネット販売オンリーのブランドなので業界的にも日本経済的にも害虫みたいなメーカーです。

そりゃ卸も販売店も介さないのであれば中間マージンが無い分、消費者にはP社やS社やT社、C社よりかは幾分か安く手に入る訳だ。

って考えたら尚更なんだけど・・・メーカーの利益率って相当高いよね。

販売価格が安いとはいえ卸も介してないのにフレーム価格が50万円以上するんだから。

そんな訳でどんなに良いフレームであろうが、強いプロチームが使用していようが、キャニオンは嫌い!日本から消えてなくなれ!なんて思っていたりする。


まあ愚痴はその程度としてリザルト表です。


与那嶺選手は残念ながら本領を発揮できませんでしたが、世界との壁の厚みはまだ相当あるというのがこのリザルト表で判ります。


しかし後半に出走した選手がどんどんタイムを塗り替えていく様子は現地で観ている方が臨場感もあって興奮しました。


ファンフルーテン選手だけが男子並みのタイムで異次元の結果でした。


女子の表彰式が始まりました!


長身選手2人に挟まれたファンフルーテン選手。

あの小柄な体格であの異次元の走りを見せてくれたなんてすごいですね!


僕は観客席から観ていましたが、表彰式の際にサーキット内に入って近くで見る事も出来ました。


この後は少し時間を置いてから男子のスタートです。

2021年11月4日木曜日

東京五輪応援の旅7月28日(水) ~その1~ 未練たらたら・・・

朝4:50起床。


5:30チェックアウトで再び富士スピードウェイを目指す。


中央道の諏訪インターまでの道中でコンビニに立ち寄って朝食を購入。


懐かしい光景だ。


旅行業界で働いていた頃、大先輩と一緒に長野県のツアープランを作成して価格の交渉や手数料の交渉で各施設に営業に行く際のルートを久々に走った。


上諏訪温泉から諏訪インターまで行って素直に中央道に乗るのか?


当時僕は毎度のように大先輩に向かってわざとその質問をする。


すると・・・


「え~っ!そりゃ~おぎのやに寄るに決まってるやん!」


「でた~!やっぱり寄るんですねぇ~!」


これがお決まりのルーティーン。


大先輩ご執心の美人営業ウーマンIさんに一目会う為に、用が無くても必ず寄るという。(笑)


若くて容姿端麗で話し方もキャビンアテンダントか超一流企業の社長秘書か?っていうくらいの美しい言葉遣い。


後にも先にもあんなパーフェクトな美女を見た事が無いっていうくらいの人でした。


当時の僕はどちらかというと・・・毎回大先輩に付き合わされておぎのやに寄った際、バスドライバーや添乗員専用の乗務員食堂が奥にあって、僕らもそこで『峠の釜めし』を御馳走になる訳なんですけど、当時その乗務員食堂で働いていた女の子が気になっていました。


僕はたまにしか行かなかったのですが、行くと奇跡か?って思うくらい毎回出会うんです。


そして何か視線を感じるなぁ~って振り向いたらそこに彼女がいて目が合い、お互い会釈する事が多かったもので。


長野らしい純朴そうな美女でしたが、当時結婚前提で付き合っていた人がいたので何も進展は無く、後に会社が新たに旅行社を立ち上げ、僕の担当するテリトリー自体が関西出発の日帰りバスツアーがメインになった為、南信(長野県南部)よりも東に出向く機会もなくなり、当然の事ながらそれ以来出会う事もなくなりました。


ふと思い出すと「皆さん今頃どうされているんだろうか?」ってちょっと気になったりはしますよね。(笑)


大先輩には2年ほど前に連絡をしました。


若狭での新規事業に興味は無いですか?って。


その世界ではそれなりに知られた人なので一緒に働いてくれるとなったら心強かったのですが、現在は早期退職して余生をゆっくり楽しみたい!って、趣味のソフトボールを楽しんでいるとか・・・


まあ強烈な社長の下で無茶振りの連発で酷使され続けたのだから、これからは是非ストレスフリーな日々を満喫してもらいたいものだと願いつつ、「気が変わって何かしたくなったら声を掛けて下さい!」って伝えました。


旅行会社って営業範囲が広くて、あちこちの観光地で色々な人たちと出会い、無理な条件で交渉したり、時には損して得を取れじゃないけど、あえて相手の条件を呑んで、その代わりに知恵を借りる事もあったり・・・


僕のいた会社は自社の利益の事しか考えてなかったのですが、僕や大先輩はそれが嫌でいつも自社と取引先とお客様の3者が、それぞれWINWINになれるような材料や条件を求めて、取引先の社長や担当者と密に情報交換していたので、引退した今でもつながりがあるのはそういった信頼関係を大切にしていたからでもあります。


それ故に「あの人は今どうしているかな?」とか気になる人がたくさんいるのも事実。


当時兄弟のように仲良くしていた取引先の担当営業マンが、ある日突然自殺した事件があって・・・つい数日前に2人でミナミへ飲みに行ったばかりなのに、なんでその時に悩みを相談してくれなかったんだろう?とか、残されたご家族は大丈夫なのだろうか?一体何があったのだろうか?等と、ものすごくショックを受ける出来事もありました。


今でもその土地に行ったり、その土地の情報をネットやテレビで見かけたりすると、そんな事をあれこれ思い出して物思いに耽る事もあります。



中央道から八ヶ岳が見えてきました。


清里高原~蓼科高原や野辺山高原もツアーで利用していたので、僕にとっては思い出深い場所です。


僕(というよりも当時僕のいた会社)の無茶振りにいつも応えて頑張ってくれる施設さんが多かった地区でもあるので尚更。


あとJR小海線の八千穂駅から蓼科高原まで続く麦草峠(メルヘン街道)は、かつて僕が車の運転技術を磨く為に走り込んでいた峠道の一つ。


ここを走り込んで集中力を研ぎ澄ました後に真夜中のビーナスラインや権兵衛峠(伊那)へ赴いていた。


特に権兵衛峠は片道一本走るだけでも神経が衰弱するくらい長くてタイトで悪路な峠道だったので、国道19号線まで走り抜けたら復路を走る気分になれず中津川か塩尻まで流して帰り、道中で車中泊ってパターンが多かった。


たまに集中力が高くて調子のいい日に真夜中の権兵衛峠を往復なんてした時には、伊那まで帰ってきた瞬間・・・車を飛び出して藪の中でマーライオン。


懐かしいなぁ~。


そしてあんな無茶苦茶な峠尽くしの放浪生活を1年近く続けていたのによく死ななかったなぁ~。ってつくづく思うのである。


当時の僕は自転車競技で頂点を目指す目標を諦めきれず、でも社会人として現実問題、十分なトレーニングをできる環境じゃなくなった中で、世知辛い社会人としての洗礼を受け、更に当時のサイクリングチームも喧嘩別れで解散した事で完全に心が崩壊していました。


自分にできる事は何なのか?って考えたり、自分が生まれてきた意味って何なのかを悩んだり、色々挫折や迷いがあって自分の死に場所を探すつもりで放浪の旅に出たのです。


ところが元々死ぬ気でいたから普通の神経ではできないような事を平気でやってのけるようになって・・・


お陰で妙に肝が据わってきて・・・あちこちで地元の走り屋に勝負を挑んでは、相手を道連れに潰すくらいの気持ちで走り回っていたのです。(そうは言ってもぶっちぎりで完璧な勝利を美学としていた僕は、結局誰とも事故らず・・・地元に帰るまでは幸い誰にも負ける事なく走り続けていました。)


そんな狂った僕にもう一度人である事を示してくれたのは、当時山梨や神奈川、長野、岐阜で知り合った仲間や彼女とその家族。


「うちの娘と結婚して養子にならんか?仕事ならいくらでもあるから、自分が本当にやりたい事を焦らずに探せばいい!」とか、「うちの会社に来いよ!車好きも多いし勝負に勝つ事ばかり考えないでメカの事とか楽しくみんなで語り合おうよ!」などとお声掛けしてもらえる事で、人の心の温かみに改めて感謝する機会をもらえたというか・・・


そしたら急に神戸が恋しくなって、祖母の事が心配になって・・・


春先に神戸に帰って来て六甲山を流していたら、ここで言うところの伝説の走り屋って人に偶然出会って必然的に勝負になり・・・


その頃の僕は「セミスリックタイヤなんて要らない、スポーツラジアルタイヤで十分だ!」って持論があって、セミスリックタイヤで躍起になってタイムアタックをしている走り屋を『そこまでしないとタイムを出せない無駄なタイヤ痕を残すクズ』ってバカにするくらい、自分の腕には絶対の自信があって有頂天でした。


吸排気系をチューニングしただけの『ほぼノーマル』のインプレッサSTiバージョン5でしたが、何度かテスト走行で峠に来ていたチューニングショップのデモカーを打ち破った経験もあったので、完全に調子に乗っていたんだと思います。


西六甲の下りで出会った伝説の走り屋・・・むしろ最初はそれが誰かなんて判らなかったんです。


乗っていた車は恐らくノーマルのジェミニかファミリア。


そもそも眼中にもない車だったのですが、サスペンションも度ノーマルで恐ろしいくらいロールしているのに、まるでレールの上でも走っているのか?っていうくらいの猛スピードで次々とカーブを曲がって行くのです。


キツネにつままれた様な気分でしたが、格下の車種に舐められたんじゃ自分の車に申し訳ない!って感じたのですぐに追いました。


ところがついて行くのがやっと!


サスペンションのロール具合は一般人なら極度の荷重移動に横転を恐れる恐怖しかないってくらいの傾き方をしているのに、それでもジェットコースターのように走る姿を見て、きっとドライバーは相当頭のねじがぶっ飛んだ人に違いないって、初めて他人の走りに震えを感じました。


人というものは自分よりも狂った人間を見たら意外と冷静な感覚に戻れるものです。


それと同時に車両がノーマルなうえに非力であっても、タイヤのグリップ次第では限界以上の走りができるんだという事をまざまざと見せつけられました。(下り限定ではあるけれど)


とうとう僕は森林植物園までついて行く事ができなかった。


後半タイヤが熱ダレを起こしてペースをキープできなくなってしまったのである。(実はそれまで横浜のDNAーGPというタイヤを使っていたのをダンロップのFM901に交換したばかりだったが、これがまた限界が近くて使えないタイヤだった。)


その後再戦を願って毎晩のように西六甲を流していたら、今度は東大阪から時々走りに来ているというR33のGT-Rと出くわす。


またしても西六甲の下りで勝負する事になりましたが、今度はチューニングの本気度に負けました。


それまで峠においてのスカイラインGT-Rは、インプレッサにしてみたら葱を背負ったカモだと認識していたのですが、チューニング次第ではここまで走れるのか?って思い知らされる。(この件以来ダンロップのタイヤは使わなくなってしまった。)


西六甲は距離もあるので確かにタイヤの勝負にはなるのですが、地元に帰って来てからまさかの2連敗にショックを受けたタイミングで、祖母から「あんたもいい加減車で走り回ってばかりいないで、観念して集中できる仕事を探しなさい!人に負ける事が誰よりも嫌いなんとちゃうの?」って言われて、最初は「だから今地元の六甲で最速になる為にチューニングプランを真剣に考えてやなぁ・・・。」って思ったものの、「いやいや、言っているうちに俺の貯金も底をつくし、そろそろ真剣に仕事で出世せんと、例え何か一つでも子供の頃からの夢は叶えんと、ホンマに何の為に生まれてきたんか判らん話になる!ばあちゃんの世話もせんといかんし・・・。」ようやく自分の今後を真剣に考えられるようになり・・・


それで辿り着いた天職が旅行業だったという流れ。


無駄のようで自分にとっては必要だった1年間の放浪生活のほとんどが、この今走っている界隈を起点とするものだったという青春の思い出。


今でも岐阜、長野、山梨の峠に来ると故郷に帰ってきたような気持ちにさせられます。



こちらは南アルプス側です!


中央より右側の山頂が雲に隠れているのが甲斐駒ヶ岳。


中央より左側の山々は鳳凰三山の峰々です。


ほとんどの山が稜線で連なっている南アルプスも時間が許されるなら大縦走してみたいものですが、日数と時間が掛かるのでしばらくは無理かなぁ~。



この日は富士山の山頂もクッキリと見える快晴でした。


それ故にまたしても山に登りたい気持ちが込み上げてくる。


こんな天気だったら『不帰ノ嶮』も問題なく歩けていただろうし、誰にも止められなかっただろう。


東京五輪の応援が無かったらきっと懲りずにもう一本登っていただろうと思う。


山への未練たらたら。


この日の朝はミワさんの運転だったので口出しはしませんでしたが、本来なら一宮御坂ICで降りて河口湖まで下道の方が早いし高速料金も節約できるところを、「走り慣れないから・・・」という理由で大月JCT経由のルートで行きました。


この大月JCT~河口湖の区間も僕にとっては思い出深い路線です。


少し前の記事で書きましたが、山梨中のブドウ農園を駆けずり回ったあの前日、大阪の本社から車で諏訪まで来たところで後輩宛てに部長から怒りの呼び出し電話がかかり本社へUターン。


そこから仕切り直しで山中湖へ向かったものの、もうすぐ河口湖ICに着くって所でガス欠になって立ち往生。


夜の0時に差し掛かろうかって時に、真っ暗な高速道路の脇で運転していた後輩を責める訳でも無く、月夜に浮かぶ富士山のシルエットと星空を見上げながら野郎2人でJAFが来るまで「俺たち一体何をやってるんやろ~?」って黄昏れていたという思い出。(笑)


変なエピソードの多い所はずっと記憶に残るものである。



この日は須走の駐車場からシャトルバスに乗り換えて移動!


また富士スピードウェイに戻って参りました。(8:11)



この日は男女の個人タイムトライアルを応援します。

1周22.1kmのコースを男子は2周で女子は1周のタイムを競い合います。


僕は富士スピードウェイに着いて尚、山への未練が抜けないままコロナ&セキュリティチェックを受けて会場内に入るのでした。



スタート地点がどこからなのかこの時点では不明でしたが、やはりどうせならゴールラインの前に陣取って楽しもう!って事でこの位置に座る。



パドックには出場選手の自転車の他、報道スタッフのバイクなどもびっしりスタンバイされていました。


それにしても試合開始までまだまだ時間があるので、この待ち時間が辛かった・・・眠い!


とりあえず場所は確保したので・・・眠気覚ましに散策だ!



東京五輪のオフィシャルグッズを買う為にまたしても1時間、行列に並んでお土産などを購入し・・・



前回は無かった(見つけられなかっただけ?)フードコーナーも見つけたので、ホルモンうどんと牛串を購入!



こっちは前回も利用したフードコーナーだが、こちらは焼きそばとジャンボフランクくらいしか売ってなかった。


さてお昼ご飯も準備したところでレース開始をおとなしく待つのでした。


では次回へ続く。

2021年10月14日木曜日

後立山連峰縦走の旅7月27日(火) ~その6~ 喪失感と安堵感・・・さらば北アルプス!また逢う日まで


 鑓温泉へ登る分岐(現在は通行止)を通過して間も無く猿倉の石碑が現れる。



その先にまた分岐が現れてどちらでも下山できるのだが、猿倉荘に立ち寄るなら看板右の脇道へ入った方が近道である。



森の向こうに猿倉荘が見えてきた!



ゴールが見えた瞬間この遠回しに歩く道が憎らしく思えてくる。


緊張感から解放されただけで既に全身が筋肉痛になっている。


特に大雪渓で何度もバランスを崩して手を突いているので、両腕の張りが半端無い!


もう缶ジュースも開栓できないんじゃないか?ってくらい両手の握力が死んでいる。



11:20に猿倉荘ゴール!


オヤジさんは猿倉荘に車のキーを預けているそうなので、その間にオヤジさんの重たいザックを担いで駐車場まで運ぶ。


車はプリウスだった。


何があっても口が裂けても自分が『アンチトヨタ』『アンチプリウス』である事は出さないように振舞う。(苦笑)


オヤジさんは燃費の良さで選んだそうだ。


それだけ聞けたらもう何も言う事はない。


でもアンチゆえに最新のプリウスに乗った事も無かったので・・・


さり気なく「こんな内装なんだ?意外と中はカッコいい・・・。」とか思いつつ、オヤジさんの一期一会への想いに感銘を受けながら八方第二駐車場まで送って頂いた。


僕は敢えて名乗らなかったしオヤジさんの名前も聞かなかった。


また北アルプスのどこかで出会えたなら今度は名乗ろうと思う。


でも今回は一期一会だから素晴らしい出会いに対する感謝の気持ちだけ忘れずに、いつか今度は自分が同じように誰かの助けになってあげられたら、それでオヤジさんへの恩返しになる・・・それでいいじゃない!


オヤジさんのプリウスを見送ったあと観光組と合流。


時間は11:40でした。


僕の見た目が相当ヤバかったらしく・・・(笑)


駐車場脇にある『八方の湯』でひとっ風呂浴びてきたら?って勧められたのだが、ただでさえ待機してもらって随分と待たせたはずなので、これ以上お待たせする訳にもいかず・・・


「今夜は温泉に泊まるし、もう行きましょう!」



下界は雨こそ降っていないものの曇天です。


白馬岳~唐松岳も先ほどの強烈な落雷から考えて稜線は荒れているのでしょうが、この雲を見る限り唐松岳~五竜岳の稜線も荒れ狂っていますねきっと。


更に南のG5や八峰キレット付近は強風が吹き荒れて歩けたものじゃないだろうなぁ。


台風並みの突風が吹き荒れる事で知られている烏帽子岳周辺なんて、言うまでもなく稜線にいたら確実に吹き飛ばされているだろう。


結局台風8号は温帯低気圧に変わって、進路を太平洋側の東北海岸沿いに北上してから北西に流れて行ったので、長野県にいて直撃を食らう事はなかったのだが、東北地方のこの温帯低気圧による雨の被害は相当酷かったそうだ。


それにしても僕はもう下界に降り立ったんだ・・・毎度この感覚・・・ホッとしたというよりも・・・


寂しいなぁ~。


やっぱり山での時間っていうのは、どんなに苦しくてもかけがえのない楽しい時間なんだよねぇ~。


これで今年の北アルプスとの触れ合いは最後かと思うと寂しい。


もっと命懸けの山行がしたい!


当分アルプスなんて見たくもない!って思えるくらいに過酷な山行がしたい!


もっと身も心もボロボロになるくらいの強烈な経験をさせて欲しい。


それくらいやり込まないと毎回別れが辛くなる。


生きて無事に下山出来た事は正解だし、安堵はしている。


でも満足には到底及ばない。


喪失感・・・ひたすら喪失感。


大好きな彼女に気持ちが伝わらないまま別れるくらいの辛さなんじゃないかな・・・山との別れって。


喪失感と言えば・・・今回僕が無事に下山出来た理由の一つが僕の左手に持っているステンレス製のシャトル。


中には愛猫『小作』の遺骨が入っている。


実は今年の6月に腎臓疾患で突然体調を崩し、5日間苦しみ続けて亡くなったんです。


最期の瞬間は僕の部屋に飛び込んできて、きっと苦しかったと思うけど最後まで諦めたくないって感じで、僕に手を差し伸べ涙を流しながら絶命しました。


子猫の時に当時の取引先のお嬢さんから譲り受けて以来16年。


ずっと『クソ猫』『駄ネコ』と呼び続けていましたが、いつも仕事から帰ってきたら玄関まで迎えに来てくれて、遊びたい時や構って欲しい時は僕の部屋でもリビングでもなく、自分の部屋に来てくれ!って呼びに来るような甘えたさんで・・・



ちゃんと相手をしてあげると翌朝は玄関まで見送りに来てくれるのだけど、仕事で疲れてしんどいからって適当にあしらうと拗ねて翌朝は見送りどころか「行ってきます!」と声を掛けてもそっぽを向いて無視!(笑)


僕が残業続きの激務で熱を出して倒れた時などは、心配して朝まで添い寝してくれる優しい面もありました。


うつ伏せで寝ていたら背中に乗って肩甲骨周りを踏み踏みしてからスフインクスみたいに寛いでいたり・・・


居なくなって初めて判るんだよなぁ~


\

どれほどその存在が自分にとって大切だったかって事が。


だから僕にとってのお守りを兼ねてではあるけど、『小作』に家族の中で僕だけが知っている絶景を見せてあげたくて、シャトルに入れて連れて来ていたのである。


実際のところ、もし不帰ノ嶮へ強行していたとして、雷雲に襲われたとしても・・・きっと『小作』が僕の身代わりとして避雷針になってくれていただろうなという想いはあります。



元々僕には全然懐かない猫だったのですが、近所で虐待されて死にかけていた子猫を僕が拾ってきて必死に看病し・・・結局既に手遅れだった事もあり4日後にその子猫は亡くなってしまったんだけど、その時に僕が棺を作って花とエサ、猫のオモチャなどを一緒に入れて僕の好きな地元の山へ行き、お墓を作って埋葬していたのをずっと見ていたんですよね。


それから急に変な主従関係が生まれたという・・・懐かしいなぁ。


なので今回の山行では、道中ずっと僕は『小作』に話しかけながら歩いていたんですよね。


すれ違った人からは「あの人は一体誰と話しているんだろう?」って思われた瞬間もあったかも知れません。(笑)


今年は義祖父も亡くなり『小作』もいなくなって、失うものが多い上半期でした。


そういった喪失感と下山後の喪失感は・・・どこか似通ったところがあるんですよ。


山へはまた登れるかも知れません。


でもその時の天候や気候、出会った人や自然現象は2度と同じタイミングには出逢えない。


ここにも一期一会が存在する訳ですよ。


それ故に毎度下山する時は辛い気持ちと葛藤し、得も言われぬ寂しさを味わうのだ。



大王わさび農場にやって来た。


僕はここの水車と清流の風景が好きである。



紫陽花の葉に停まっているのはカゲロウか何かの一種かと思ったら、ハグロトンボという珍しいトンボらしい。


玉虫色の身体に黒い羽根・・・ゴージャスですね!


そしてワサビ田の水も冷たくて気持ち良い。


観光組は前日に栂池自然園を満喫し過ぎて、午後はちひろ美術館しか楽しめなかったらしい。


そんな訳で僕の案内でわさび農場へ・・・とはいっても、僕はもうあんまり歩き回る気力が無いのでワサビ田の風景を見つつ・・・今年リニューアルされたばかりのレストランに立ち寄って美味しいお蕎麦を食べる事にしました。


一緒に行ったミワさんに「何で大王わさび農場って言うの?」って質問されたんだけど、松本~安曇野には八面大王という8人の首領が率いる盗賊の伝説があって、ここの敷地内の大王神社には討ち取られた8人の胴体が埋められているという話から付いた名前だったはず。(首塚は松本の筑摩神社と伝えられている)


美味しいお蕎麦とワサビソフトクリームを堪能してから諏訪湖に向けて出発!




安曇野インター(旧・豊科インター)手前のデイリーヤマザキストアが、いつの間にか中古車センターになっていて何気に寂しい気持ちになる。

久々に岡谷インターチェンジから下諏訪を経由して湖岸沿いの道へと進む。



この日は間欠泉センターからも程近い上諏訪温泉の名門『ホテル紅や』に宿泊。


17:00頃チェックインと、予定よりも1時間半くらい早く着いたので、夕食の時間を早める事にしました。


ここも随分前に取引先だったホテルですが、僕の担当じゃなかったし、もう知っている従業員さんもいないかも知れないなぁ~。



『君の名は』の聖地にも近いのですが、もうそこへ行く元気も残っていません。(苦笑)



これから諏訪湖を眺めながらガーデン焼肉タイム!



ビールやドリンク類も飲み放題。


コロナ渦なのにある意味奇跡のような食事内容です。


当然会場に入るなり検温と消毒は義務ですが・・・


生ビールは自身でサーバーを使っておかわりをしてもいい(当然ながらグラスは交換する)のだけど、来ているお客さん方のビールの入れるのが思いのほか上手過ぎて驚いた!(笑)


生ビールが空気に触れないように泡を被せて、その上あわあわにならないようにゆっくり注いで・・・って言うのは居酒屋かレストランでアルバイトの経験が無かったらできない芸当なんだけどね~。

セットのお肉は予想を反してボリューム満点で、追加のお肉を注文するまでもなく満腹!


そして山帰りの僕は生ビールをジョッキ1杯飲んだだけで程良く回って来た。


もう1杯飲んでいたらきっとダウンしていたと思う。


そのくらいこの日は緊張を要される山行だったんだ。


今更のように安堵感と・・・


本来の予定とは違ったものの、達成感を得るには十分な冒険をしてきたんだ!という実感が湧いてきた。


これが山小屋だったら、全国各地から集まって来た登山者たちと、「今日はどのルートを歩いて来たんですか?」って話題で随分と盛り上がっていた事だろう。


あの山小屋の夕食時は何て表現したら良いのだろう・・・


山小屋では皆が同志なんですよね。


同じ炭鉱で働く工夫が「今日の獲物はこんなに大きくてさぁ~。」って自慢し合う感じ?


お互いに命懸けの環境で働く者同士の連帯感や親近感からか、何一つ嫌味も無くリスペクトし合えるあの空気感っていうのか・・・


その空気感に近いものが山小屋にはある。


だからまた山に帰りたくなるのかもなぁ。


下界に帰って来て登山の話をしたところで、「山は眺めるものであって登るものじゃない!」って言われたり、「うわ~、聞いてるだけでしんどそう!」って反応がほとんどなので、何か違うんだよなぁ~って思う事が多い。


しかし山の上ではしんどさも恐ろしさも、美しさも楽しさもそれらすべての素晴らしさを共有・共感できる者同士が集まって来るので、初めて出会った者同士であっても随分とディープな話ができて、あの充実した時間は酒を美味くするには十分過ぎるものなのだ。


例えばしまなみ海道の美しい景色の中でたまたま声を掛けたサイクリストと自転車談議をするとしよう。


想像しただけで楽しい時間だと思いませんか?


しかし自転車は苦しさよりも爽快感やグルメ、観光の要素が強いのでやや軽薄に感じる事もあったりする。


山は違う。


皆想いはそれぞれだが、何かを背負ったものも少なくない。


危険なルートにチャレンジして一歩間違えば死ぬかも知れない場所に来ている。


それでも夕日や星空、朝日、季節の織り成す山々の風景・・・


絶景の中で自分のちっぽけさを思い知らされて、生きている事の実感を味わされるのだから誰もが晴れ晴れとしている。


そこで嘘や誤魔化しなんて通用しない。


誰でも気軽にできるサイクリングなんかより、数十倍も登山の方が充実する。


そんな事を自転車屋の僕が言ってしまうのはどうかと思うけれど、最近の自転車業界やサイクリストを見ていて・・・全くと言っても良いほど熱意が湧いてこないのだ。


僕だって距離を走る事や速く走る事に命を燃やしていた時代はある。


例えツール・ド・のとや琵琶湖一周サイクルマラソンのようなセンチュリーライドであっても、そこに参加する人々がみんな仲間(同志)のように思えたのは遥か昔の話。


そこに真剣勝負は有りますか?そこに挑戦(冒険)心は有りますか?


僕の追い求めてきた自転車に軽薄なレジャーなんて感覚は不要なんです。


もちろん多様性が必要な事も解かってはいるし、自分だって興味はあるけれど、グルメありきのサイクリングとかミーハーな謳い方が気持ち悪いと感じる時がある。


それも必要だけどそれがメインじゃない!


体力の限界に挑戦して有名な峠を越え、自分の知らない道や土地を求めて走るサイクリングだからこそ、一緒に走る同志との時間が充実するし、道中で出会ったサイクリストとの会話も美しい記憶となるのである。


そこで出会ったグルメや現地の人の温かみも最高のスパイスになる。


レースも然り。


25年前まではロードバイクもバラで組むのが当たり前だったので、最低でも予算は20万円以上。


だから本気のサイクリングは誰でも始められるスポーツじゃなかった。


本気で乗ってみたい人じゃないとそんな予算を捻出できないからだ。


当時は完成車なんてものはド素人が乗るオモチャか、逆に超高価なメーカーのアニバーサリーモデルにしか存在しなくて、少なくともロードはフレームからパーツのアッセンブルまで、乗る本人の好みやショップのセンスが影響する乗り物だったので、国道ですれ違う時も挨拶を交わすだけではなく、お互いのバイクをリスペクトし合う文化があった。


目に見えない小さな部品一つに至るまでこだわって作るからこそ至高の喜びがそこにあったのである。


今となっては10万円前後の完成車に始まって、ヤフオクやメルカリで容易く往年の名車を中古で安価に仕入れる事ができる時代になっている。


しかしネットの個人売買ではクラックの入ったフレーム(ゴミ)を平然と黙って売りつける詐欺も横行しており、商品知識もなく素人が手を出したら大火傷を負うような案件も少なくはない。


それにそもそも中古車に対する概念がずれている。


僕にとって価値ある作品こそ、当時は高価過ぎて手が届かなかった中古車として購入するに値する自転車であり、或いはこれから更に価値の上がる作品こそ手に入るチャンスがあるうちに購入する訳であり、ゴミ捨て場に放置されていたような使い捨てのそれは天地がひっくり返ってもイコールになるはずがない。


しかし中古車を求めて来る客層は大半が「乗れたら何でもいい!」なのである。


ママチャリにしろロードバイクにしろ、自転車の価値なんて欠片も解かっちゃいない。


「ブランドの自転車ならなんでもいい!」


「安い自転車は置いてない?」って臆面もなく言ってのけるのである。


もうその動機が既に僕には何があっても受け入れられないし、およそ虫唾が走るような話なのである。


こだわりや愛着の無い自転車ほど無機質で悲しい乗り物はない。


「今乗れたら何でもいいから3~5千円くらいでないの?」等と言う人に乗られる自転車の運命って・・・考えただけで悲劇じゃないか。


誰にでも気軽に手軽に始められるようになった自転車(ロードバイク)。


いくら多様性を認めろと言ってもあまりに風紀が乱れ過ぎている。


それ故に未だ自転車よりも体力的にハードルの高いとされる登山は、価値観のギャップも少ないので素直に幸せを感じられるスポーツだと思っている。


完成車が当たり前の時代。


ネット販売の粗悪品が横行する時代。


ネットオークションで手軽に自転車の中古車が手に入る時代。


サイクリストの民度が下る要素が多過ぎて・・・


そこに加えてメーカーやショップのスタンスの変化・・・油圧ディスクとか、新しい風を吹き込ませてロードバイクの売上を回復させたいのは理解できなくもないが・・・


ユーザーの安全は無視なのか?


油圧ディスク・・・すぐにエアーが噛んでスカスカになるし、メンテナンスも手間がかかるので工賃も高くなる。


そんなものを当たり前のように売りつける業界って何様なの?


本当に嘘つきばかりの業界だと思うよ。


外注でフレームを作らせるようになってから自転車メーカーの考え方も随分と変わったと思う。


大きなメーカーや名門メーカーほど設計図を丸投げで品質管理も適当。


倒産してよその会社に買い取られて、自転車も乗らないような経営陣に支配されたメーカーなんざ社員の扱いも酷いだろうから、そりゃ社員に裏切られて情報だって洩れるだろう。


そうやって中華カーボンフレームなどという粗悪品の横行にもつながっている。


そしてそんな見た目だけのコピー品は意外にも需要が高い。


予算もないのに見栄っ張りな人にとっては中華カーボンは救世主だろう。


果たしてそんな自転車に価値なんてあるのか?


業界そのものが腐って来たんだから仕方が無いのか?


ロードバイクに乗っていて「それって競輪用の自転車かい?」って声を掛けられるのが当たり前だった時代に、「いつかロードバイクの素晴らしさや、ヨーロッパでの自転車競技の伝統や人気を、この日本にもこれでもか!って思い知らせてやる!」そう思っていた若き日の僕の想いとは裏腹に、ポンコツ化していく自転車業界に嫌気すら感じる事がある。


サイクリングや自転車競技の本質を忘れないで欲しい。


大切なのは『走る事自体のロマン』である!


そしてパーツアッセンブルからセッティングまで、自分の体格や走りに合わせて仕上げた相棒(自転車)と共に走る事が至極の喜びなのである。


だからミーハーなサイドメニューなんてものはどこまで行っても二の次(オマケ)なのだ。


ましてや自転車のメーカーや価格、装備でマウンティングするような一部の風習も、第三者的に見ていて見苦しい。(大して走れない人ほど自分の能力を棚に上げて自転車でものをいわせる人が少なくない・・・これは今に始まった事じゃないけれど)


何でも高級車はカーボンじゃなかったらダメだ!みたいな噓クソの感覚を世間に植え付けたメーカーや情報誌は、今度はロードバイクの油圧ディスクブレーキ化の正当性を前面に出すような風潮を作り出している。


若き日の僕が目指した未来からは大幅に脱線しているんだよねぇ。


ああ・・・いけない。


またくだらない個人的価値観をダラダラと語ってしまったわ。(笑)


僕の自転車に対する美学はちょっと硬派なんで、まあ軽く聞き流してもらえると幸いです。



「パ~ン!パパパ~ン!」


部屋の窓から外を見たら花火が・・・


そんなサプライズは聞いて無かったので驚きました。


勿論有名な『諏訪湖祭湖上花火大会』でもなければ、毎年新作花火の発表会になっている『諏訪湖オータム花火』でもない。


でも諏訪湖で花火が観れるなんて例え小規模なものであっても大きなサプライズである。



窓を開け乗り出すように見物!


それこそ立石公園から見下ろしたら綺麗だったろうなぁ~。



しばし現実を忘れてリラックスできる時間でした。


翌朝は翌朝でまた、とんでもなく早起きして出発なんだよね。


ホテルの用意する朝食を食べている暇がないくらい。



ミワさんからは「それこそ石和温泉か河口湖周辺で泊まった方が宿で朝食も頂けてゆっくり寝れたんじゃないの?」とお叱りを受けてシュンとしていた僕ですが・・・



「そしたらこの花火は観れなかったじゃないか!」って大義名分が、後出しながらに言い訳できて「よっしゃ~!」とガッツポーズ。(笑)


翌日はいよいよ僕にとっての夏休み最終日。


それでは再び次回に続きます!