2020年11月20日金曜日

2020年5月は山三昧!・・・その②『七三峠からの鍋蓋山』

 5月5日


この日は再度ドライブウェイの堂徳山をスタートとして、二本松林道を西へ向かい七三峠経由で鍋蓋山山頂を目指す。


なっちゃんとMちゃんは二本松林道までは気持ちよく森林浴を楽しんでいた。


ところが七三峠までの登りで「店長!何かしんどくない?」と訴え始める。


「おう!ここはウォーミングアップやと思って楽しんで!」


そして七三峠の三差路に着いた頃、僕は鍋蓋山山頂を指さして「ほら!あのアカマツがたくさん立っている場所が見えるだろ?あそこが今日の目的地ね。そんなに遠くないから安心してくれ!」


そう安心させて登り始める。


ところが実はここからの登りが・・・なかなか強烈な坂道と階段の連続する地獄なのです。(笑)



顔にしんどさが滲み出ています。(笑)


どんどんスピードが落ちています。

なっちゃんに至っては小さい頃から体操やバレエでトレーニングを続けているので、本来なら体力や根性はかなりあるはずなのですが・・・


僕は六甲山県全山縦走路との合流点まで走って登り、距離を確認してまた戻ってきました。

「あと3分の1だから頑張れよ~!」


さすがに疲れたみたいで、表情がおばちゃんになっています。(笑)

Mちゃんは意外に根性があります。

なっちゃんは縦走路に合流して間も無くの急斜面で、疲労からバランスを崩して倒れそうになるなど想像以上に体力が落ちている模様。


鍋蓋山山頂から淡路島方面の眺望。

写真右手のアンテナが立っている所が菊水山の山頂です。


景色を楽しみながら長閑な時間を過ごしている・・・ように見えますか?

実は周辺を5匹のクマバチに囲まれて二人ともビビっています。(笑)

クマバチって縄張りに入るといつまでもホバリングして付きまとって来るので・・・

これはメスを探す行動の一環らしいのだが・・・本当にねぇ~人とハチの見分けぐらいつかないものだろうかねぇ?(苦笑)

「あんまり意識しないで!急な動きは威嚇と取られるから、自然に溶け込んでゆっくり動くんだよ!」

クマバチにはそこまでの毒はないので、刺されると痛いけど病院にお世話になる程ではない。(でもアナフィラキシー症候群の耐性が低い人は危険!)

しかも毒針があるのはメスだけで、オスには針が無いので刺される心配もする必要がない。

僕はしばらくこの状況を微笑ましく見て楽しんでいた。

下山は縦走路に沿って大龍寺を目指す。

意外と強烈な道なので、山歩きに不慣れななっちゃんを僕とMちゃんでフォローしながら歩く。


大龍寺から二本松に向かって、尾根と再度ドライブウェイに沿って歩くルートに進むとこんな石碑があった。

『グレートトラバース3』でも紹介されていた神戸市民独特の文化です。

そもそもは旧居留地に移住してきた外国人の健康志向が発端じゃなかったか?と思われる。

M籏君の敬愛するアレキサンダー・キャメロン・シムさんとか、六甲山系全山縦走の生みの親とされる加藤文太郎さんの話を掘り下げて行ったら、毎日登山発祥の原点にぶち当たりそうな気がします。


ところでこの日の営業時間中に河野さんのお母さんと、愛犬の『大吾』がご来店。

『大吾』は人懐っこくて可愛いのですが、なぜかアキラ君に対してだけは・・・眉間にシワを寄せて威嚇するのです。(笑)

さすがに飼い主と犬猿の関係である事を知っているのか・・・実に面白い。

普段動物に好かれているアキラ君だが、河野家のペット達にはきっと天敵扱いを受けるものだと思われます。


そしてご近所のお客様から差し入れにトーストを頂きました。

噂の『乃がみ』です!


さすが人気があるだけに美味しかったです。

どうも一人暮らしの長い僕は貧乏性なのか、トーストに贅を求める習慣が無い。

中学生時代によく遊びに行っていた友達の家では、食パンはフロインドリーブで3時のおやつはケーニヒスクローネと、昭和と平成の変わり目って時代背景を考えてもハイソな家庭だった覚えがある。

そこの母親は日頃からフェラガモのパンプスを愛用していて・・・(当時はフェラガモの靴を売っている店を探すだけでも苦労するくらい、一般人がおいそれと買えるような靴じゃなかった。)

今ならネット通販やヤフオクで中古を買ったり、偽物も出回っているので・・・普通にそういう見栄を張っていそうな人は居そうなのだが、当時はまだ一般人にブランド品を着こなす文化は定着して無かったので、今思い出しても友達の家庭は裕福だったと思える。

そういう僕も中学生の身分で既にリーバイスでは飽き足らず、アルマーニやトラサルディ、モスキーノのジーパンをコレクション(当時親の仕送りの無い僕に祖母が随分と贅沢をさせてくれた)して、時計はオメガのシーマスターを愛用(祖父の形見)、友達を数人引き連れては京都の老舗料亭で会食するなど、およそ中学生としては浮世離れしたクソガキだったと思いますが、普段の食生活では美味しく食べれたら質素なものでも平気でした。

今は贅沢なんてたまにできればそれでいいとさえ思っています。

ブランド品とかも興味なし。

時計も一時コレクションしかけていましたけど、過去にダイヤ入りのデイトナを盗まれてから熱が冷めました。

今はサブマリーナ・デイトを色違いで2本(1本はゴールドとのコンビ)と上記のシーマスターの3本のみ。

ブルガリのクロノグラフもお気に入りだったけど随分前に友達にあげてしまいました。

そういえば最近サブマリーナの価格が随分跳ね上がっているみたいですね?

購入した当時の価格の4~6倍くらい?

僕のベゼルとインデックス(文字盤)がブルーでベルトがステンとゴールドのコンビのやつ・・・

今だったらいくらするんだろ?(70~80万円くらいで買った記憶があるけれど。)


そしてHAT神戸の夕焼け・・・


1時間経っただけでこんな風に変わりました。


ここで働いていて時々贅沢を味わえる瞬間っていうのはお客様から差し入れを頂いた時と、この夕景が観れる時くらいかな?


いつも色々な方からお気遣い頂き、本当に感謝しています。

2020年5月は山三昧!・・・その➀『僕にとっての懐かしのルート』

 5月2日・・・そもそもしばらくの間まともに自転車に乗っていない(2018年7月1日のブログに書いた通り)ので、最近は専ら山歩きでリハビリをする事が多い。


このところ手を怪我する事も多かったり、あと特に仕事のストレスが大きかったかな。


そりゃあ若いアルバイトはまだまだこれからの人生だから、いくらでもやり直しが効くかもしれない。

しかし僕は年々自分の計画が遠退くのが実感できるくらい追い詰められている。


それに個人の財産なんてたかが知れている訳で、僕が学生の頃から目標にしていた芦屋や西宮の山手に邸宅を建てよう(購入しよう)という夢が実現する前に、その為の預貯金を全て店の運転資金で使い切りました。


自分の目先の夢を犠牲にして、もっと先の成功を求めた結果だと言えばカッコよく聞こえるかも知れませんが、結局誰一人自分の今後の事業拡大に貢献してくれるスタッフが育たなかった。


学生は仕方が無いとはいえ、フリーターにはかなり期待していました。


僕の知識と経験の全てを注ぎ込んで育てようと必死でした。


それが8年間空振り続きで、何の発展すらなくふりだしのまま、ただいたずらに財産を失っただけなんですから・・・ストレスにならない訳ないでしょ?

もちろん他人のせいにしても始まらない事ですし、僕のアプローチの仕方が今どきの若い人たちには合ってなかったと思うより仕方が無いのですが、現実問題散財した人間にそんな度正論を言ったところで傷口に塩を塗るような行為です。


だから他人から「店長のやり方は古いんですよ。」とか、「今どきは言われた事ができるだけでも優秀って思えるくらい自主的に動く人がいないから、店長の言う根性論とか、ポジティブ性を求める事自体無理!」なんて言われるたびに、「だったら一体どうしろって言うんだよ?」と悲観に暮れてしまう。


まあそんな中で時々店に顔を出してくれる泉君とかM籏君には逆に頭が上がらないというか「彼らも頑張っているから、俺もここで負ける訳にはいかないなぁ~!」という気分にさせられる。


泉君は元々優秀だったので、今も営業職で活躍していると聞いている。

彼には是非新規事業のリーダーをやってもらいたいと思えるくらいである。


M籏君は当店に入社した当初から比べると、今は仕事も趣味も目標設定がしっかりできていて、それらを実現できるように僕も応援したくなる。

彼は本当に著しい成長を遂げたので感心します。


そんな僕が歴代スタッフにどんな想いで接してきたか、意外にもそれを知る人物が少なからずいます。


高校生になったばかりのなっちゃんとMちゃんもそこに含まれます。(なっちゃんは現在当店スタッフになったので名前を公表)


彼女らは意外にもスタッフの動きとか表情とか言動を逃すところなく見て聞いているので、実は僕以上に歴代スタッフの事をよく分析している。


それだけよく学校帰りや週末に遊びに来ていた訳でもあります・・・。


2人とも緊急事態宣言で通学もままならず、自宅にて山ほどの課題をこなす日々。


そんな事もあって「気分転換したいから、店長のリハビリトレーニングに付き合うよ!」と、早朝からの山歩きに付き合ってくれる事になりました。


さすがに高校一年生は体力もまだまだ出来上がってないので、週に2回程度ではありましたが、この5月は一緒にトレーニングをする機会が多かったです。



ここは『六甲ガーデンテラス』です。

早朝でケーブルカーも動いていないので、ケーブル山上駅までは車で来ました。

乗り物酔いしやすいMちゃんでしたが、僕の車だと表六甲を走らせても大丈夫なのだそうです。

ケーブル山上駅近くの駐車場を出発して、神戸ゴルフ倶楽部(旧・六甲カンツリー)の中を抜けて行き、六甲山系全山縦走路と合流するルートでここまで登りました。

ゴルフ場のクラブハウスまでの道はひたすら階段を登り続けるので、文化部出身のMちゃんは息を切らせて「どこまで続くのこの階段~!」ってしんどそうに頑張っていました。

この階段区間は・・・過去に嫌~な思い出もあるので懺悔の気持ちになってしまうのですが、それ以上に父親とよく歩いたルートでもあるので、そっちの思い出の方が強いです。

まだ幼稚園児だった僕を置いて足早に登る父。

六甲山が霧で視界が無いのを良い事に、隠れて僕を脅かそうとしていたのです。

だから必然的に引き離されないよう、追いかけているうちに体力が鍛えられた・・・

そんな僕の原点になるのが六甲山。

いつもここからフィールドアスレチックに通って・・・

父親は容赦なかったので、自然と僕も鍛えられて・・・今思えばそれで良かったなぁ~って懐かしい思い出です。

父親は子供の頃の僕にとっては憎悪の対象でもありましたが、格闘技の達人でもあり、野球も上手くて100m走を11秒ジャストで走るアスリートでもあり・・・

その上バイリンガルで料理も得意、旅先でモーターボートを借りて運転してくれたり・・・何でも出来過ぎる親でもあったので尊敬もしていました。(複雑な親子関係あるある)

今はまるで僕が父親にでもなったような感じで、なんだか不思議な気分です。


展望台(塔)への入口は閉鎖されています。


あの上からの眺望は気持ちいいのですが・・・仕方ありません。

緊急事態宣言でガーデンテラス自体も営業していない感じでした。


これはガーデンテラスの展望広場からの眺め。


そして『六甲枝垂れ』。

とりあえずこの日はMちゃんがどのレベルまで歩けるのかを試す意図で来ていたので、比較的歩きやすいルートを選びました。

帰りはサンライズドライブウェイを歩いて戻ります。


その際に六甲オリエンタルホテル跡地の脇道を進んで天狗岩方面へ。

ここも懐かしい道です。

よく小中学生の頃に友達と山歩きの度に天狗岩でみんなの度胸試しをしていました。

ロープウェイの鉄塔下を通ると、子供の頃の思い出がたくさん蘇ってきます。

六甲~有馬ロープウェイ・・・再び全線開通する日が来ることを楽しみにしています。


天狗岩からの眺望です。

真下には住吉台が見えています。

どうやらここは渦森台から登って来るルートらしいのですが、20年以上ぶりに来てみたら随分と整備をされていて・・・

以前はもっとおっかない場所だったんだけどなぁ~。


あの左手の別荘街の向こうに六甲ケーブル山上駅があります。

ここからサンライズドライブウェイを歩いて帰ると、道中で道路にはみ出して立っている木があります。

そこだけ道が狭くなるので事故が起きないか心配になる場所ではあるのですが、どこにでも伐ってはいけない木ってあるじゃないですか?

ここの木もそういう類なので、むしろここで事故をした車を見た事がありません。

しかしこの日はMちゃんが急にその木を見て「なんかこの辺怖くない?」と言い出して・・・

僕もなんだか違和感のようなものを感じたものの・・・その日はそのまま帰って仕事だったんですね。

ところが2日後の午後にその木の近くにある橋の下で男性3人が練炭自殺をしていたのが発見される事件がありました。

もしかしたらMちゃんには何らかの予知ができる能力があるのかも知れませんね。(汗)

後日その話をMちゃんに伝えたら「店長のせいで私も変な現象に遭遇しやすい体質になってしまったわ!私怖がりやのにどうしてくれるん?」と怒られてしまいました。(笑)


この日は久々に幼馴染の夫婦が来店して、宮崎県土産にマンゴーを持って来てくれました。


農家によって微妙に扱っている品種が違うのかも知れませんが、今回のは沖縄のマンゴーに近い味でした。


昔はマンゴーって好きじゃなかったのですが、千鳥苑(若狭)の社長に宮崎県産のマンゴーをプレゼントされて食べて以来、大好物になってしまいました。


美味しいマンゴーを御馳走様でした!

2020年11月19日木曜日

2020年4月の思い出・・・その⑤『4月のその他いろいろ』


3月の彼岸に行けなかった墓参り・・・4月の末になってようやく行ってきました。


それも閉園まで1時間あるかどうかの夕暮れ時です。


遠くに淡路島がよく見えます。


昨年秋から首の皮一枚で繋がっていた状態であれもこれも問題だらけ、そこに来てのコロナショックだったもので、時間的にも心理的にも墓参りに行ける状態ではありませんでした。


神頼みならず先祖頼み?


僕は基本的には良い報告しかしたくない性分で、辛い時には親しい人に会う事すら億劫になるので、当然の事ながら墓参りも億劫になります。


なので申し訳なくて先祖頼みなんて気分にはなれません。



 今年の桜は早かった気がしますが、八重桜はまだ残っていました。


誰もいないだだっ広い霊園の中で、一人お墓の草むしりや花の差し替え、写経をして帰りました。


意外と贅沢な時間に思えたり・・・。



これは翌朝の出勤前にまた菊水山に登った時の写真です。


この日は薄っすら雲があるものの、ぼんやりと紀伊山地や四国が見えたので撮影。


兵庫区の街並みは・・・相変わらずだな。(地元なので雑)


仕事じゃなかったら摩耶山や六甲山まで一気に歩きたい気分だった。


この日は久々に嫌な気配を放っていたのであずまやを撮影。

何も写っていなくてホッとする。


心霊スポットを撮影なんてしたからなのか・・・バチが当たって靴が破損した。(汗)


ところで15万円以下で買える最速の自転車『ファーナSL2-SORA』の嫁ぎ先がようやく決まりました!

買ってくれた高校生の男の子も、友達のロードバイクと乗り比べをして、この自転車の良さがすごく実感できたと喜んでいました。

当然です!

僕のお墨付きの自転車が良くない訳が無い!(笑)


そしてそんな自転車を販売しているコーダーブルームさんは荷物にこんなシールを貼っていました。

コロナで大変な時だったので、非常に心温まる計らいだと感じました。

こういう血の通った対応のできるメーカーなので、僕も絶対の信頼を置いています。


4月の最終日、思い切って若狭に向かいました。

世間は非常事態宣言で他府県への移動を悪とする空気さえあったので、決断には思い切りが必要でした。


レンタサイクル・・・いつ組み直そうか?

前後のホイールも全てセンター出しや振れ取りをして、ブレーキや変速のセッティングもやるとなると・・・もう心が折れそうである。(笑)


このミニ庭園からも出入りができるようにはしてもいいそうだ。

しかしドライブインという性質上、僕のテナントで全てを完結させてはいけないので、基本的なアプローチはドライブインの正面玄関から入ってもらう事になり、あくまでここはサイクリングツアーの発着口というスタンスで制限をかける方向性だ。

このあと僕の若狭での拠点になる古民家の鍵を預かって中を確認しましたが、まだ家主さんの荷物もあって、シャッター付き車庫の中も荷物が増えていたので早々に引き上げた。

今更ではあるけど・・・これだったら家賃を4月分から払うなんて言うんじゃなかった!


そして話はコロナネタに戻り・・・mimi屋さんから子供用サイズの手作りマスクをラインナップしてもらいました。


2020年11月18日水曜日

2020年4月の思い出・・・その④『妙号岩と菊水山』

 今年はコロナウイルスの影響でどこも大変なので、山登りにうつつをぬかす暇はないだろうと考えていました。


しかし内心ではアルプスに行きたくて仕方が無く、暇さえあれば練習できる岩場を探して感覚を磨いておきたいと思うようになる。



鈴蘭台の神鉄車庫の横を抜けて行くと・・・


石井ダムの方に向かう訳ですが・・・


そう、この正面の右側の山に前から登ってみたかったんです。


妙号岩という岩山なのです。

橋のたもとのこの看板のところから侵入するのですが、いきなり滑りやすい道なので、自信のない人は入らない方が良いでしょう。


あの山のどこかに『南無阿弥陀仏』の文字が彫られているのでしょうか?

しばらくは獣道を踏み跡に沿って歩きます。


掴みどころのない岩盤が現れました!

さすがにこれは僕も登る気にはなれません。


下は今登ってきた急斜面です。

失敗はここからの落下を意味します。


右側には何とか登れそうな岩場があります。

さあ登ろう!と登り始めた瞬間、バランスを崩して落ちました。

辛うじて岩場の引っ掛かりを掴んで態勢を整えたので、頭から落ちずに着地できました。


左手には更に奥へと進むルートがありそうです。


とりあえず懲りずにもう一度、右側の階段状の引っ掛かりを登ってみました。

途中で草ボーボーな箇所があり、そこから先へ登れば上まで行けそうでしたが草ボーボーなので、帰りにこのポイントを見つけられる自信が無く、がっちりとホールドできる岩も無かったので、今回は無理せず他のルートを探る事にしました。

あの奥のルートへ進んでみます。


見晴らしの良い岩場に出てきました。

向こうの山の尖った岩の上に登って立ってみたいですよね?


とりあえずこの岩場の上に登ってみようと思います。



登る前に岩場から撮影。

向こうに菊水山の山頂が見えます。


石井ダムの向こうには薄っすらと兵庫区の街並みが見えます。


更に奥に進むルートがありますが、後で散策します。


岩場を登りました。

ここのテラスからはなかなかの眺望です。

山頂はもっと素晴らしい事でしょう。


岩場の傾斜はこんな感じで、ここから上に登るなら落ちたら死ぬって覚悟が必要です。


岩壁には既にハーケンが打ち込んであって・・・

要するにハーネスとザイルとカラビナを用意しろって事を示しています。


これまた掴みどころがないので登れる気がしません。


指で引っ掛かり、つま先で踏ん張れそうなところはここだけ。

上までは届きそうもありません。(汗)


北側の斜面はこんな感じですので、高度感も半端ない眺望です。


唯一指を突っ込めそうな亀裂もここだけ。

これだと足を滑らせた途端に指を折ってしまいそうです。

とりあえず3度登ろうとチャレンジしましたが、3度とも途中で手が滑って落下しました。

グローブを忘れた僕が悪いのですが、3度とも肝を冷やしました。

落ちる度に着地して近くの岩や木にしがみつき、何とか勢いを殺したので転がり落ちずに済みましたが、さすがに心が折れました。

結局下山ルートが別にあるならともかく、他の安全なルートも知らないままここを登るのは危険だな~って思ったので、10分程登れそうなルートを探りつつ悩んでいましたが、潔く諦めて違うルートを探す事にしました。


木の枝にヒヨドリがとまっています。

どこにいるか判りますか?


ここも行けそうで確実なホールドが無いので諦めました。


奥のルートを進むとこんな感じ。

この斜面を左へ行くと土砂崩れの現場になるので危険です右へ登れば妙号岩に回り込めそうな予感はします。

ただ、ここで嫌な感覚を覚える。

この感覚はまた『見えてはいけない何か』がすぐ近くに迫ってきている感覚。

前に君影町からロックガーデンを経て石井ダム方面へ向かうルートを歩いた時にもこの嫌な感覚が襲ってきて引き返した事がある。

炭ヶ谷に比べたらまだ、その気になれば強行して突き進んでも大丈夫な感じですが・・・。

僕は自分の感覚とか勘を素直に信じるようにしているので、「まずいな・・・。」って思った時は無理にその道を進まないようにしている。

何の事かもうお解りでしょうか?

僕は引っ越しの際に物件探しとかすると、『心理的瑕疵あり』と記載されていない物件でも、過去に自殺や事件があった物件などは建物に入った瞬間判りますし、酷い物件だと玄関に近付く事すらできない物件もあります。

灘区某所にある自殺の名所の横に建っている邸宅は、とても素敵な家だったので一度内覧予約をしたものの、現地に行くと余りに強烈な気配を感じて玄関に入る事すらできなかったという経験があります。

当店のお客様にお願いされて一緒に物件探しをした事もございましたが・・・僕が「あっ、ここはダメ。場所は好きだけど、ここは絶対にやめた方が良い!」って言った物件があって。
そこを後で不動産屋さんに確認を取ってもらうと、隣の部屋で大学生が首つり自殺をした事が判ったそうです。

そうかと思ったら引越し前に内覧した時は何ともなかったのに、いざ住み始めたら不思議な現象ばかり起こる事故物件に3年程住んでいた事もありますが、その3年の間に信頼していた人に騙されて大金を奪われたり、230万円したローレックスを盗まれたり、車に乗っていて立て続けにもらい事故に遭ったりと、散々な3年間だった記憶がございます。

なので山の中にいる時でも、嫌な気の溜まっている場所には長居をしないように心掛けています。


帰りにこんなルートを発見しました。

ここなら普通にフリーで登れそうです。

しかしさっきの嫌な気配がついて来るのを感じて気持ち悪かったので、さっさと撤退する事にしました。


下山してもう一度見上げる。

最後に見つけたあのルートを今度登ってみようかな?

って、よく見たらそのルートと思われるところなのか、最初に登ろうとした岩壁なのか、薄っすらと『南無阿弥陀仏』の文字が見えています。

あの文字を活用して登る事はできないだろうか?


あっちの岩山にも魅力を感じます。

しかし先ほどの気持ち悪い気配のするポイントを抜けないと行けない。

他にも入れそうな登山口はあったけど、結局例の場所の近くをかすめて行く感じだったので、ちょっと一人で行くのは気持ち悪いなぁ~。


とりあえず石井ダムへ向かう。


石井ダムから菊水山山頂を望む。


これは今やって来た方を振り返って撮影。


この石井ダムの階段を下りて向こうの神鉄の線路の下辺りで『六甲山系全山縦走路』と合流します。

そこから菊水山の山頂まで登って、そこから帰宅です。


走行会でも度々自転車を担いで登っていた階段ですが、なかなかの高低差です。


縦走路に向かう途中で見かけました。(虫嫌いな人は閲覧注意!)


縦走路に合流したので、ここから菊水山へ登り返します。


縦走路の指標も立っています。


久々にこの道を歩くけど、ちょっと鬱蒼としてきたんじゃない?

何だか不気味な雰囲気になっていました。

因みにここから菊水山山頂までの標高差250mを、32歳頃までの僕なら7~8分程度で駆け登っていました。(当時全山縦走に参加していた僕は、須磨浦公園のスタートから菊水山山頂まで2時間足らずで歩けていたのです。)

2年前の僕でも15分程度で登っていたと思います。

それを今回は何分で登れるでしょうか?


とりあえず言える事は菊水山は縦走路で最大の関門(難関)です。

西から東へ向かう際はこのどこまでも続く階段で苦しみます。

東から西へ向かう場合は吊り橋を過ぎてからの岩場登りで苦しみます。

特に東へ向かう場合は続いて鍋蓋山の強烈な急勾配を登るので、尚更追い込まれます。


こうやって菊水ゴルフ場が見えると、つい藪漕ぎをしてゴルフ場のフェアウェイに逃げたい気持ちになります。


とっても怠いです。

ここで歩荷トレーニングを積んだら、穂高や槍ヶ岳の長丁場も随分と楽になる事でしょう。


この黒い階段が見えてきたらもうあと少しです。


黒い階段は何度か途切れますが・・・


この眺望を楽しめる広い箇所が1ヶ所だけあるので、そこまで登ったら、山頂まではあと3分で到着します。


西側は木が邪魔で見えにくいので・・・


更に5m程登ったところに岩の上に立って見晴らせる箇所があります。


そこから2分程登ると・・・


菊水山山頂です。

はあはあぜえぜえと息を切らせながら25分もかかって登りました。

完全に身体が鈍っています!


ところで山頂の展望台からは眼下に先程登ろうとした妙号岩も見えます。


上の写真は妙号岩から君影団地までを結ぶ稜線を撮影したものです。

ここのエリアを『君影ロックガーデン』と言いますが、芦屋とは違い歩く人が少ないのでかなりもの寂しいルートです。


もう少し大気が澄んでいたら和歌山や四国まで望めます。


下山途中でシャガの花が沢山咲いていたので撮影。


菊水山山頂から家までは15分で下山できます。

この日はトータルで2時間の山行でした。